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ようこそ社会科学の世界へ

昨今、「やりっぱなしの研修は駄目」という論調の意見を発信するブログやWebサイトをやたら目にする。何となくそうなのかと、深い考えなしに納得してしまう。「やりっぱなしの研修」、とても刺激的な言葉だと思う。刺激的な言葉は大抵の場合、その意味を厳密に定義せず、その言葉の意図の対象範囲を限定すること無しに用いられていると筆者は解釈している。あたかも例外が存在しないかのように用いられる。刺激的な言葉は受け手の感情に影響を与え、何らかの思いや意思決定を誘引する。マーケティングでいうところの「オケージョナルニーズ」の掘り起こしである。相手を焦らせ、まずいと思わせ「行動変容ツールの導入」や「フォローアップ研修の開催」を発信側が企てているのかもしれない。こんないやらしい考えを持つのは、偏屈者の筆者ならではかも知れないが。



世の中、学んだ知識やテクニックを使わない方がよいことは沢山あり、やりっぱなしを前提に実施する研修や訓練は思いのほか多い。それらの大半は、良い現状や素晴らしい振舞いを維持させることを目的に実施するのである。行動変容と真逆の考え方である。この代表例が予防医学という考え方である。病気になって対処するのではなく、病気にならないよう普段から健康生活をおくるという考え方である。ものごとには「対処」も「予防」もあるのだ。


企業内訓練で例えれば「工場安全訓練」「防災非難訓練」「救命講習(AEDの使い方)」「セクハラ研修」「コンプライアンス研修」や「エシックス研修(社会倫理)」などが「予防」をコンセプトとした研修である。筆者の勤務する研修所で今秋リリースの「上手な謝り方研修」もそれに当たる。キチンと手順に則り誠意を持って業務を遂行していれば「謝罪」を申し述べる機会に遭遇することは皆無といえるだろう。しかしリスク0は誰も担保できない。出くわすはずのない機会に出会ってしまったとき、人はパニックに陥り被害を拡大させてしまう。使うことを想定しない万が一に備え、シミュレートさせる。それは、自分なら大丈夫という自信の萌芽を期待してのことである。


皆さんの実施する研修を見渡して欲しい。行動変容を期待したモノばかりではないはずだ。問題を解決するための必要なスキルや知識を獲得させる対処タイプの研修なら、行動変容を促す工夫をすべきであろう。しかし、予防が目的なら、やりっぱなし研修が最高なのである。


刺激的な言説や風潮に踊らされることなく、しっかりと現実を見つめ、“自分の頭で考える”を常として欲しい。


今回、極論ともとれるこのようなコラムを第1回に掲載するのには訳がある。本サイトで今後紹介していく事例や原則は、社会科学の理論を用いた取組みの実際である。心理学や学習論、インストラクショナルデザイン、教育効果測定といった社会科学の知見を用いる実験や手続きは、刺激的な言説とは縁遠く、魔法のような結論に達することなどほぼありえない。収集データをコンサバティブに解釈し、結論を導き、その結論の適用範囲を厳密に限定して捉え、それでいて尚、不十分さを課題として論じる。


一つ一つを吟味し進める地道な活動は、刺激的な言説が放つ「きらめき」と真逆の世界である。論理を駆使し、試行錯誤によって生れた些細な結論である。しかしその頑強な手順を踏み導き出した結論であるが故に、流行り言葉にない重厚さと普遍性を醸すのである。


特定非営利活動法人 学習分析学会 副理事長 堤宇一

堤 宇一氏
堤 宇一氏
所属:NPO法人学習分析学会副理事長 熊本大学大学院社会文化科学研究科教授システム学専攻修了。 「教育効果測定」を2000年より専門テーマとして研究を開始。教育効果測定での米国の第一人者であるJack Phillips博士が主催するROI Network(後にASTDとの事業提携によりASTD ROI Networkに名称改名)にて、アドバイザリーコミッティボードを2期(2001~2004年)務める。(株)豊田自動織機で行なった「SQC問題解決コースの教育効果測定プロジェクト(2002)」は、アジア初の事例としてIn Action ,Implementing Training Scorecards (ASTD)に掲載される。 2005年にNPO法人人材育成マネジメント研究会を設立、2015年5月に学習分析学会へ改組し、現職。 現在、産業人教育の品質向上を目指し「教育効果測定」「インストラクショナルデザイン」「人材育成」に関するコンサルタントとしてコンサルテーション、講演、執筆等幅広く活動。
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