
教育体系とは?作り方とテンプレート、形骸化を防ぐ運用方法を解説
「教育体系を作り直したいが、何から手をつければよいかわからない」——これは、人材育成においてアルーがお客様からいただく最も多いご相談の一つです。教育体系とは、経営戦略の実現に必要な人材を計画的に育てるための「育成施策の全体設計図」を指します。
本記事では、教育体系の定義や作成の4ステップをはじめ、運用設計からKPI設定まで、人材育成の担当者様が自社でそのまま実践できるレベルで解説します。
この記事でわかること
- 教育体系の定義と、研修体系・人材育成体系との違い
- 経営戦略から逆算して教育体系を設計する4ステップ
- 「縦軸(階層)×横軸(施策)」で作る体系図のテンプレートと記入例
- 研修・OJT・配置・1on1・評価を統合する運用設計
- 形骸化させないためのKPI設計と見直しトリガー
この記事の監修者

アルー株式会社
代表取締役社長
落合文四郎
1977年、大阪府生まれ。 2001年、東京大学大学院理学系研究科修了後、株式会社ボストン コンサルティング グループ入社。 2003年10月、株式会社エデュ・ファクトリーを設立し、代表取締役社長に就任。 2006年4月、アルー株式会社に社名変更。京都大学博士(経営科学)。
教育体系とは
教育体系の定義
教育体系とは、経営戦略の実現に必要な人材像を定め、その人材を計画的に育てるための「育成施策の全体設計図」です。単なる研修カレンダーではなく、誰に・何を・いつまでに・どの手段で身につけてもらうかを「階層・職種・目的」の軸で構造化したものを指します。
教育体系は、以下の6つの要素で構成されており、これらを効果的に運用するためのKPI(重要業績評価指標)もあわせて設計します。
- 育成方針
- 目指す人材像
- 必要スキル
- 研修内容
- 体系図
- 年間計画
単に研修単体を設計するだけでなく、OJT(職場での実務を通じた育成)、配置、1on1、人事評価といった「現場での育成手段」まで含めて統合的に設計することが、実効性を持たせる重要なポイントです。
いま見直しが求められる4つの背景
教育体系の見直しが急務となっている背景には、大きく4つの変化があります。
- 人的資本経営と情報開示の要請有価証券報告書等における人的資本情報の開示義務化に伴い、人材投資の設計と成果に対する説明責任がより強く求められるようになりました。
- リスキリングと生成AIの普及技術革新や生成AIの急速な普及により、従来の階層別・職能別の枠組みだけでは、変化する事業ニーズや必要なスキルセットの更新に追いつかなくなっています。
- 中期経営計画の更新と組織再編M&A(企業の合併・買収)や事業再編、グローバル展開などに伴い、既存の教育体系と新たに求められる人材要件との間にズレが生じています。
- 若手・中堅社員の離職率上昇「この会社でどのようなキャリアやスキルが得られるのか」が可視化されていないことが、優秀な人材の流出につながっています。
教育体系・研修体系・人材マネジメント体系の違い
「教育体系(人材育成体系)」「研修体系」「人材マネジメント体系」は実務において混同されがちですが、これらはカバーする範囲や設計の起点が異なります。
観点 | 教育体系 | 研修体系 | 人材マネジメント体系 |
|---|---|---|---|
研修プログラムのみ | 育成+採用+配置+評価+報酬まで含む人材マネジメント全体 | ||
主な成果物 | 体系図+年間計画+KPI | 研修カリキュラム一覧 | 人材ポートフォリオ+タレントマネジメント(優秀人材の計画的配置・育成管理)設計 |
主管部門 | 人材育成部門 | 人材育成部門 | 人事部門全体(HRBP(Human Resource Business Partner)含む) |
「研修体系」だけを整えても、OJTや配置と分断されてしまえば現場で使われません。「人材マネジメント体系」まで広げると採用・報酬まで巻き込む大規模な設計になります。実際に運用しやすい単位が「教育体系」であり、本記事もこの粒度で扱います
教育体系を設計すべきタイミング
自社で「教育体系」を明示的に設計すべきなのは、育成投資の全体像を経営層に説明する必要がある場合、現場マネジャーに育成の役割を担ってもらう必要がある場合、そして研修効果を可視化して次年度の投資判断に接続したい場合です。単に「今年の研修一覧」を整理したいだけなら、研修体系で十分な場面もあります。
教育体系を構成する6つの要素
6つの要素の全体像
教育体系は、次の6つの要素を階層的に積み上げて構成します。上位要素が下位要素の設計根拠となる構造です。
要素 | 内容 | 成果物例 |
|---|---|---|
育成方針 | 経営戦略を実現するための人材育成の基本方針 | 育成方針ステートメント |
目指す人材像 | 階層別・職種別の「あるべき姿」 | 人材要件定義書(階層×職種のマトリクス) |
必要スキル・コンピテンシー | 人材像を実現するために必要な能力の分解 | スキルマップ/コンピテンシー定義書 |
研修内容 | スキル獲得のための集合研修・eラーニング等の設計 | 研修カリキュラム一覧 |
体系図 | 全体を俯瞰する1枚図(縦軸=階層×横軸=施策) | 教育体系図 |
年間計画・KPI | いつ実施し、何を測るか | 年間実施計画+KPI設計表 |
各要素の役割と成果物例
上から3つ(育成方針・人材像・スキル)は「なぜ・何を育てるか」の設計、下3つ(研修内容・体系図・計画)は「どう届けるか」の実装です。教育体系の見直しが必要になるのは、上3つが曖昧なまま下3つが先行して肥大化しているケースです。研修プログラムだけが増えて、なぜその研修が必要かを説明できなくなる状態を避けるためには、上3つを先に固めることが重要です。この6要素を1枚に集約したものが後述する教育体系図であり、経営層と現場マネジャー双方への共通言語として機能します。
スキルマップについて詳しくは以下の記事をご参照ください。
経営戦略から逆算する教育体系の作り方4ステップ
「階層×研修」のマトリクスを埋めるだけの作業に陥らないためには、経営戦略から人材要件、スキル、学習手段へと順に落とし込む逆算設計が不可欠です。ここでは実務で使える4ステップに分解します。
ステップ1:経営戦略から人材要件を定義する
最初に、中期経営計画・事業戦略を読み込み、「将来(例:3年後、5年後、10年後)にどんな人材が何人必要か」を定性的かつ定量的に定義します。何年後を軸に据えるかは、事業計画のスパン・投資回収期間・育成に要するリードタイムによって会社ごとに異なります。事業ポートフォリオの変化(新規事業立ち上げ/既存事業の効率化/グローバル拡大等)を起点に、階層別・職種別に必要な人数と役割を分解します。
作業テンプレートとしては、以下の入力項目を埋めていきます。
項目 | 記入例 | 補足 |
|---|---|---|
事業戦略テーマ | 海外売上比率を3%→6%台へ | 中計から転記 |
必要な人材役割 | 海外拠点マネジメント人材 | 役割を具体化 |
将来の必要人数 | 3年後:課長層20名/5年後:部長層5名 | 会社ごとに設定する時間軸(3年後/5年後/10年後)で定量化 |
現状の人数 | 課長層8名/部長層2名 | ギャップを可視化 |
ギャップを埋める方針 | 内部育成15名/中途採用10名 | 育成と採用の切り分け |
このステップの成果物は「人材要件定義書」です。ここが曖昧だと、以降のスキル定義・研修設計が抽象化してしまいます。
ステップ2:階層別・職種別に必要スキルを分解する
人材要件が定まったら、その役割を果たすために必要なスキル・コンピテンシーを分解します。ここで使うのが階層×職種のスキルマトリクスです。
例えば「海外拠点マネジメント人材(課長層)」であれば、以下のようにスキルを分解します。
スキル領域 | 具体スキル | 到達レベル |
|---|---|---|
ビジネス基礎 | 財務会計・事業計画策定 | LV3(現地損益責任を負える) |
リーダーシップ | 異文化チームマネジメント | LV3(現地スタッフを主体的に動かせる) |
実務スキル | 現地法規制・労務理解 | LV2(判断の相談ができる) |
マインド | 経営視点・当事者意識 | LV3(本社の代弁者として意思決定できる) |
スキルは「知識」「行動」「マインド」の3層で分解すると抜け漏れが少なくなります。既存のコンピテンシー定義があれば流用し、なければジョブディスクリプションから逆引きします。
ステップ3:スキル到達手段を70:20:10で設計する
スキル定義ができたら、それをどう習得させるかを設計します。ここで重要なのが70:20:10モデルです。学習効果の70%は現場経験(OJT・アサインメント)、20%は他者からの学び(1on1・メンタリング・フィードバック)、10%が集合研修・eラーニングから生まれるという原則です。
「研修だけで人が育つ」という前提を捨て、以下のように学習手段を組み合わせます。
スキル | 70(経験) | 20(他者) | 10(研修) |
|---|---|---|---|
異文化チームマネジメント | 短期海外派遣・グローバルPJアサイン | 海外駐在OBメンター1on1 | グローバルリーダー研修 |
財務会計・事業計画策定 | 部門予算策定への参画 | 経理部門との合同レビュー | アカウンティング研修 |
このステップを飛ばして「集合研修だけ」を並べると、体系図が形骸化する典型パターンに陥ります。
70:20:10の起点となる経験学習について詳しくは以下の記事をご参照ください。
🔗関連記事:経験学習サイクルとは?実践のコツや具体的な施策例
ステップ4:体系図と年間計画に落とし込む
最後に、ステップ1〜3の成果物を1枚の教育体系図と年間計画に落とし込みます。教育体系図は経営層への説明用・現場マネジャーへの共有用の両方で使う「共通言語」となるため、1枚に収めることが実務上の要件です。
年間計画では、各研修・OJT施策の実施時期・対象人数・予算・KPIを一覧化します。ここまで揃えて初めて「教育体系」として稼働します。
研修体系図の基本構造とテンプレート
教育体系図と研修体系図の関係
実務上、「教育体系図」という言葉は広義に使われるものの、1枚の図で全育成手段(研修・OJT・配置・評価)を網羅しようとすると項目が多岐にわたり、かえって現場で使いにくい図になります。そのため実務で最も流通しているのは、教育体系の6要素のうち「研修内容」を1枚に可視化した「研修体系図」です。これは70:20:10モデルにおける「10」(集合研修・eラーニング)の部分を体系化したものと位置付けられ、OJTや評価・配置は別ドキュメント(OJT計画書・評価制度・キャリアパス図)と接続する形で運用されるのが一般的です。
「まず研修体系図を作り、それをOJT設計・評価・配置と接続することで教育体系全体が稼働する」という順序で捉えると実装に落としやすくなります。
縦軸=階層×横軸=階層別/選抜/選択型の基本構造
研修体系図の主流な構造は、縦軸に階層(新入社員/若手/中堅/管理職/幹部)、横軸に研修の性格(階層別研修/選抜研修/選択型研修)を配置する形です。
階層\研修 | 階層別研修(全員必須) | 選抜研修(会社選抜) | 選択型研修(手挙げ) |
|---|---|---|---|
幹部層 | 新任役員研修 | 経営塾 | エグゼクティブコーチング |
管理職層 | 新任管理職研修・評価者研修 | 次世代リーダー選抜研修 | MBA(経営学修士号)派遣・ビジネススクール |
中堅層 | 中堅社員研修 | 選抜型リーダー研修 | 専門スキル研修・語学 |
若手層 | 2〜3年目研修・OJTトレーナー研修 | 早期選抜プログラム | eラーニング・資格取得支援 |
新入社員 | 新入社員研修・フォローアップ研修 | — | 通信教育 |
「階層別研修」は全員が同じ内容を受講することで組織の共通言語を作る役割、「選抜研修」は次世代人材への集中投資、「選択型研修」は個人の自律的キャリア開発を支える役割を担います。この3つを分けて設計することで、投資配分と対象者の合意形成がしやすくなります。
階層別研修について詳しくは以下の記事をご参照ください。
体系図テンプレートの記入例
研修体系図を作成する際は、以下の3つのポイントを押さえます。
- 空白セルを恐れない:すべての「階層×区分」を埋める必要はありません。優先度の高い箇所にリソースを集中させます。
- 接続線(矢印)で階層間のつながりを示す:若手向けと中堅向けの研修内容が分断されていないかを可視化します。
- 「なぜこの研修があるのか」を1行で併記する:求められる人材要件との紐付けを明示します。
なお、より広義の「教育体系図」としてOJT・自己啓発・評価配置まで1枚に収めたい場合は、階層×4象限(Off-JT/OJT/自己啓発/評価・配置)に拡張するアプローチもあります。ただし、項目が増えるほど視認性は低下するため、研修体系図とは別ドキュメントに分ける方が実務上運用しやすくなります。
階層別研修の体系図作成方法について詳しくは以下の記事をご参照ください。
🔗関連記事:階層別研修の体系図作成方法【コンピテンシー図例】
教育体系を形骸化させないための運用設計
70:20:10モデルで研修と現場を接続する
教育体系が名ばかりになって機能しなくなる最大の原因は、研修とOJT・配置・1on1・評価が分断されていることです。「研修は人材育成部門」「OJTは現場」「評価は人事」と役割が縦割りになると、研修で学んだことが現場で使われず、評価にも反映されません。
これを防ぐために、70:20:10モデルに沿って各育成手段の役割を明確化します。集合研修(10)は「共通言語と型のインストール」、1on1・メンタリング(20)は「経験の意味づけ支援」、現場経験(70)は「行動変容の実践場」と定義し、それぞれの接続点を設計します。
具体的な接続設計としては、以下の3点セットが有効です。
- 研修前:上司との事前面談で「なぜ受講するか」を言語化
- 研修後1週間以内:上司との振り返り面談で「現場でどう活かすか」の行動計画を策定
- 研修後3か月:行動変容の実行状況を1on1で振り返り、評価面談に接続
70:20:10の法則について詳しくは以下の記事をご参照ください。
現場マネジャーを巻き込む合意形成プロセス
教育体系図を人材育成部門だけで作ると、現場マネジャーに自分ごととして受け止められず、OJTでの活用も評価との連動も進みません。合意形成のためには、以下のプロセスを踏みます。
第一に、事業部長・部門長へのヒアリング段階から巻き込みましょう。「経営戦略上、この部門で必要な人材像は何か」を対話で引き出します。第二に、体系図のドラフト段階で現場マネジャーによるレビュー会を実施します。「この研修は現場で使えるか」「OJT設計は現実的か」を検証します。第三に、公開後も四半期ごとにフィードバック機会を設けましょう。
アルーは階層別に体系化された「階層別研修」を提供しています。詳しくは以下のページをご覧ください。
🔗アルーのサービス:階層別研修
教育体系のKPI設計と成果の可視化
3階層のKPI設計例(受講率・行動変容・業績連動)
教育体系の投資対効果を経営層に説明するためには、KPIを3階層で設計します。単なる受講率だけを追っていると、「研修は実施したが人は育っていない」という状態を検知できません。
KPI階層 | 指標例 | 測定タイミング | 主管 |
|---|---|---|---|
L1:実施KPI | 受講率/研修満足度/理解度テスト正答率 | 研修直後 | 人材育成部門 |
L2:行動変容KPI | 上司による行動評価(受講前後比較)/360度評価変化 | 研修後3か月 | 上司+人材育成部門 |
L3:成果KPI | 部門業績・KPI/離職率/エンゲージメントスコア | 研修後6〜12か月 | 事業部+人事 |
L1だけを追う教育体系は「イベント化」します。L2まで測ることで「行動が変わったか」を、L3まで接続することで「事業成果につながったか」を可視化できます。
研修直後+3か月後の2回測定
行動変容の可視化で最も効果的なのが、研修直後と3か月後の2回測定です。研修直後には「学んだ内容の理解度」「現場で試したい行動の宣言」を測り、3か月後には「宣言した行動を実行できたか」「その結果どんな変化が起きたか」を上司と受講者の両方から測ります。
3か月というスパンは、行動変容の定着に最低限必要な期間であり、かつ次年度の予算策定タイミングにも接続できる現実的な設定です。
研修効果測定について詳しくは以下の記事をご参照ください。
教育体系を見直すべきタイミング
教育体系は一度作って終わりではなく、以下のいずれかに該当したら見直しを発動します。
- 中期経営計画の更新(3年サイクル)
- 組織再編・M&A・事業ポートフォリオの変更
- 主要階層の離職率が前年比+3ポイント以上上昇
- 社員サーベイで「成長実感」スコアが有意に低下
- 人的資本開示項目の追加・変更
- 現場マネジャーから「体系図が現場実態と合わない」との声が3件以上
- スキルギャップ調査で戦略優先スキルの充足率が70%を下回った
これらのトリガーを見直しの発動条件として明文化しておくことで、「なんとなく古くなった」という感覚論での見直しを避け、経営層への提案根拠を持てます。
教育体系構築でよくある失敗パターン
教育体系構築でよく起こる失敗パターンと、その対処法を整理します。
失敗パターン | 原因 | 兆候 | 対処 |
|---|---|---|---|
形骸化(作っただけ) | 現場マネジャー不在で作成/KPI未設定 | 体系図が2年以上更新されていない/受講率が下がり続けている | 現場マネジャーレビュー会を四半期ごとに設置/L2行動変容KPIを追加 |
戦略非連動 | 経営戦略の変化を反映していない/人材要件が未更新 | 経営層から「なぜこの研修か」を説明できない | 中計更新に合わせて人材要件から再設計 |
現場不使用 | 研修とOJT・評価が分断/体系図が現場に届いていない | OJTトレーナーが体系図を見たことがない/評価面談で研修内容が話題にならない | 70:20:10モデルで接続設計/評価面談ガイドに研修振り返り項目を追加 |
網羅性過剰 | 全階層×全職種を埋めようとして肥大化 | 体系図がA3で収まらない/年間予算が膨張 | 優先度上位3スキルに絞り込み、他は自己啓発(SD)に委譲 |
大手食品メーカーにおけるグローバル人材育成体系構築事例
海外売上比率の拡大を中期経営計画の柱に据えた大手食品メーカーにおいて、「海外事業で活躍できる人材を体系的に育成できていない」という課題がありました。本事例では、経営戦略と連動したグローバル人材像・能力要件の定義から、研修体系の再設計、キャリアアサインまでを一気通貫で構築した取り組みを紹介します。
規模・対象者
アルーが支援した大手食品メーカーでは、経営戦略上、海外事業が重要な位置づけにあるものの、これまでは「海外事業で活躍できる人材」を育成するための体系が十分に整っていませんでした。
そこで今回の取り組みでは、育成体系のメインターゲットを一般社員(非管理職)層とし、さらに係長・課長層を中心に「グローバル人材プール」として計画的に育成する対象を、毎年数名規模で選抜する設計としました。
課題
中期経営計画で「グローバル対応力強化へ向けた人材育成」が主要施策として掲げられていた一方、既存の育成体系は「海外事業で活躍する人材像」を前提とした設計になっておらず、どのような人材を、どんな能力要件で、どのような順序で育てるかが明文化されていませんでした。
その結果、海外駐在員は既に数十名規模で存在するものの、駐在員候補やグローバルリーダー候補の計画的な育成が行われず、事業拡大に対して人材供給が追いつかないリスクを抱えていました。加えて、「グローバル人材=海外業務を行う人材」という限定的な認識が広まり、国内勤務の社員にとって他人事になっている点も課題でした。
実施した施策
まず、経営戦略・中期経営計画をもとにグローバル人材像を再定義し、「お客様満足を追求するパッションと、志に基づくリーダーシップを発揮して、海外事業を成長させられる人材」として言語化しました。
研修体系は「語学力」と「異文化対応経験」の2軸でセグメントを設定し、各セグメントに必要な施策を配置する形で設計しました。具体的には以下の通りです。
- 語学基盤の形成: TOEIC受検、ビジネス英会話
- 異文化理解の機会提供: オンライン異文化チャレンジプログラム、実践型グローバルコミュニケーション研修
- 実践経験の付与: 短期海外派遣型グローバルチャレンジプログラム、海外現地法人でのトレーニー制度
- 赴任準備・リテンション: 赴任前・赴任中研修、帰任後の海外赴任者交流会
これらの研修を階層別・選抜型・選択型に整理して配置しました。
さらに、研修受講のストーリー例として「新卒入社×語学力中程度×本人希望あり」「新卒入社×語学力中程度×本人希望なし(途中で意識変化)」「新卒入社×語学力低×本人希望あり」といった複数パターンを提示し、キャリアパスとして可視化しました。これにより、社員本人と上司が育成目標を対話するための「共通言語」を整えました。
加えて、「グローバル人材プール」を認定・管理する仕組みを導入し、今後の海外赴任や海外業務の任命時には、まずこの人材プールからアサインを検討するという運用ルールも整備しました。
成果
グローバル人材育成体系を整えたことで、計画的な人材プールの育成に着手でき、駐在員候補・グローバルリーダー候補となる層が順調に積み上がっています。また、共通の教育体系ができたことで、関係部署(国際部門、海外拠点、人事部、経営層)間の意思疎通がスムーズになり、「誰を、どの段階で、どんな目的で海外に送るか」という対話が共通認識のもとで行えるようになりました。
設計のポイント
単なる「研修体系の刷新」ではなく、「経営戦略を実現する人材像の定義」から着手し、その人材像を上司と本人の育成対話に使えるチェックシートへ落とし込んだ点が、最大の転換点となりました。
また、研修を配置する前に「グローバル人材=海外業務を行う人材」という固定観念を崩し、「自己実現やウェルビーイングを追求するキャリアの選択肢の一つとして、海外という機会がある」と再定義したことも、国内勤務社員を含めた全社的な意識醸成に大きく寄与しました。
加えて、育成体系の公開範囲を初期は限定的に留め、仕組みが社内で定着したタイミングで段階的に広げる運用設計にしたことも、制度の形骸化を防ぐうえで非常に有効な工夫でした。
まとめ
教育体系は「階層×研修」のマトリクスではなく、経営戦略から逆算した育成の設計図です。作り方の4ステップ(人材要件定義→スキル分解→70:20:10設計→体系図・年間計画)を踏むことで、なぜその施策が必要かを経営層にも現場にも説明できる体系になります。
実務では、まず70:20:10の「10」に該当する研修体系図を1枚に整理し、それをOJT・配置・1on1・評価と接続することで教育体系全体を稼働させるのが動かしやすい順序です。形骸化を防ぐ鍵は、研修だけで完結させず、OJT・配置・1on1・評価との接続点を運用設計に組み込むことにあります。KPIも受講率だけでなく、行動変容・業績連動まで3階層で設計し、研修直後と3か月後の2回測定で成果を可視化します。見直しは中計更新・組織再編・離職率上昇などのトリガーで発動し、現場マネジャーを巻き込んだ合意形成プロセスで再設計を進めることが、次の3年を持続可能な体系にする条件です。
自社の教育体系をゼロから設計・再構築するのは、単独部門の力量を超える大きな取り組みです。人材要件の定義、階層別のスキル分解、70:20:10の統合設計、KPIの3階層設計——それぞれに専門知見と他社事例の蓄積が問われます。だからこそ、設計思想と再現条件を持つパートナーとの対話が、体系の実効性を大きく左右します。
教育体系に関するよくある質問(FAQ)
Q | 教育体系の見直しには、どのくらいの期間と体制が必要ですか? |
|---|---|
A | 経営戦略との連動から体系図・年間計画・KPI設計まで含めると、通常6〜9か月が目安です。体制は人材育成部門2〜3名+事業部門との連携+外部パートナーの組み合わせが一般的です。人材要件定義と現場ヒアリングに時間を要するため、拙速に進めると形骸化リスクが高まります。 |
Q | 中小規模の組織でも教育体系は必要ですか? |
|---|---|
A | 規模を問わず、経営戦略に基づく人材育成の全体設計は有効です。ただし、網羅的な体系図を作る必要はなく、「育成方針+主要3階層×主要3施策」を整理する簡易版から始めるのが現実的です。組織成長に合わせて段階的に詳細化していくアプローチが持続可能です。 |
Q | 教育体系と人的資本開示は、どう接続すればよいですか? |
|---|---|
A | 人的資本開示で求められる「育成方針」「研修時間」「リスキリング施策」等の項目は、教育体系の6要素(育成方針・人材像・スキル・研修内容・体系図・年間計画)とほぼ対応します。教育体系のドキュメントをそのまま開示情報の根拠資料として活用できるよう、KPI・実績値を年度ごとに蓄積する設計を初期段階から組み込んでおくことが有効です。 |
Q | 体系図テンプレートを真似ても、自社に合わないのですが? |
|---|---|
A | テンプレートは「構造の参考」であって、そのまま埋めるものではありません。人材要件定義から自社独自の内容を組み立て、テンプレートは縦軸・横軸の切り方の参考に留めます。自社の経営戦略・組織文化に翻訳するプロセスが不可欠です。 |


