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研修見学と研修観察(研修オブザーブ)

筆者が専門とするインストラクショナルデザイン(以下IDと表現)は、効果的な研修を設計・開発するための理論である。組織内で発生している課題を分析し、教育ニーズを探り出し、課題解決のために組織構成員の能力開発を効率的に行う研修を企画・開発・実施のための考え方と方法の体系である。効果的な研修を開発する理論であるにも関わらず、最初から効果を十分に担保できる研修を企画&開発することは無理という思想を根底に持っている。この点を筆者は、IDのユニークな特徴だと捉えている。


目次[非表示]

  1. 1.さまざまなデータから問題を把握
  2. 2.研修観察と研修見学の違い


さまざまなデータから問題を把握

一度では効果的な研修を開発・実施できないという思想は、研修開発の手順に特徴として表れている。教材製作の前に、研修の良し悪しを判断するための「評価テスト」を開発するのがIDの定石である。学習者の学習目標到達度判定のために、あるいは研修の要所要所で用い進捗状況の適切性判断を行うのである。


IDでは、学習者からの情報だけでなく、「研修講師の自己評価」も貴重な情報として収集する。あの時もう少し時間を割いて説明すればよかったのに、説明で用いた事例は今回の学習者には難しすぎたかもしれない、ホワイトボードの使い方がまだ不十分だ、等々の問題点と共に改善の方向性を講師自身の自己評価から掴むことができる。


上記以外には、研修企画者が教室内に入り込み、講師の進め方や対応、学習者の反応や言動、演習への参画具合、あるいは教室内の雰囲気等々を直接的に把握する「研修観察」がある。一般に研修オブザーブと呼ばれる方法である。慣れ親しんだ方法ではあるが、正しく研修観察を行なえている方に出会うことは稀といえる。今回のコラムでは研修観察について筆者の考えを述べようと思う。



研修観察と研修見学の違い

研修観察と似た方法ながら、研修観察が満たすべき諸要件や手続きを省略して実施されるやり方を、筆者は「研修見学」と呼び、一線を画している。研修観察と研修見学の実施目的を対比し、その違いを確認していこう。


研修観察の主要目的は「企画者が設計した通りに研修が進行され、各パーツが充分に機能し、期待通りの学習支援活動が実施されているかをチェックする。そうでない場合、機能低下箇所や問題現象、あるいは原因と思われる事象を事実ベースで具体的に記録すること」である。


次に研修見学の目的は「研修で何が行われているかを大雑把に理解する。あるいは研修で問題やトラブルが発生していないかを感覚的に把握する」ことといえるだろう。目的から判断して研修見学には、専門的スキルや周到な事前準備活動は必要とされない。時間をつくり教室内に入り、全体の雰囲気を肌で感じてくれば良いのである。


それと大きく異なるのが、研修観察である。研修観察者は観察対象となる研修テーマ、学習目標、学習者の能力レベルや属性等を知っていることが前提となる。そればかりか、研修がどのような順番で展開され、講義の重要ポイント、演習の狙いや進め方、所要時間など学習活動全体を理解している必要がある。


研修の進行を詳細に理解しているから、「イメージした展開と異なる」「学習者の反応は期待レベルではない」「事例の持ち出し方や使い方に長けた講師である」等々の研修での発生事象を正確に把握しながら、研修全体について合理的な分析と判断が可能になる。当然、そのためには、研修の設計図を詳細にチェックし、教材内容や研修のレッスンプラン(レッスンシナリオ)を熟知するための周到な事前準備が欠かせない。また同時に、効果的な研修だと判断するための特徴や重要点、その背景理論や専門知識を有していることが必要である。


研修観察と研修見学の違いは、ある競技に対し、厳密なルールに則り判定を下す審査員として参加するのか、その場を楽しみながら、競技者が最高のパフォーマンスを発揮できるよう声援を送る一ファンとして参加するのか程の違いがある。


最初から良い研修を提供できないという思想は、データを収集し、良い研修へと改良するというアプローチを採る。しかし、研修の良否判定や改善へのアプローチに厳格性を求めるのがIDなのである。


特定非営利活動法人 学習分析学会 副理事長 堤宇一

堤 宇一氏
堤 宇一氏
所属:NPO法人学習分析学会副理事長 熊本大学大学院社会文化科学研究科教授システム学専攻修了。 「教育効果測定」を2000年より専門テーマとして研究を開始。教育効果測定での米国の第一人者であるJack Phillips博士が主催するROI Network(後にASTDとの事業提携によりASTD ROI Networkに名称改名)にて、アドバイザリーコミッティボードを2期(2001~2004年)務める。(株)豊田自動織機で行なった「SQC問題解決コースの教育効果測定プロジェクト(2002)」は、アジア初の事例としてIn Action ,Implementing Training Scorecards (ASTD)に掲載される。 2005年にNPO法人人材育成マネジメント研究会を設立、2015年5月に学習分析学会へ改組し、現職。 現在、産業人教育の品質向上を目指し「教育効果測定」「インストラクショナルデザイン」「人材育成」に関するコンサルタントとしてコンサルテーション、講演、執筆等幅広く活動。
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