三人の専門家
数字の「3」を用いた慣用句や熟語が世の中には様々と存在する。ネットを検索すると多数の用例を簡単に見つけられるし、「三位一体」「三人寄れば文殊の知恵」「三方良し」「三権分立」「三顧の礼」「三段論法」「三度目の正直」「三種の神器」「三羽烏」など思いつくだけでも相当数に上る。このような「3」にまつわる考えが、人材育成にも存在する。今回のコラムでは「3人の専門家」という考え方をご紹介しよう。
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分業による人材育成業務が標準の米国
研修を企画する場合、実施したいテーマについての専門家を見つけ、その専門家に学習内容の設計と講義をお願いするというのが一般的な依頼内容といえるだろう。しかしながら、この標準的な方法は「投資活動として位置づけされ、多様な方法を用いて、その効果を期待される現代の人材育成」の下では、極めて時代遅れの発想といえる。
人材育成業務を各種の専門家を結集し、分業体制で人材育成業務を遂行している米国では、学習テーマに精通し、有効な研修を設計し、分かりやすい教材を開発し、それを効果的に学習者に伝えるといった各機能を一人でこなすやり方は稀といえる。
映画製作に例えると、脚本を書き、音楽を制作し、カメラを回し、主役を務め、そして監督を兼ねながら総合芸術の大作を創作することが稀有な試みであるのと同じである。かつて、古き良き時代にはチャールズ・チャップリン、オーソン・ウェルズ、ウディ・アレンなど、何役も務め、名作を創作した天才が存在した。しかし、CG映像の合成など最新ITを駆使し、世界規模のロケーションを敢行し、数十億ドルの大予算を投入し、文化・宗教・イデオロギーなど様々な価値観を包含する世界市場でヒットを狙う現代の映画製作では、古き良き時代の方法は通用しなくなっている。管理すべき要素が膨大で、そして複雑に影響しあう状況では一人で全てを掌握し、手持ちの資源を最適化させていくことは不可能なのである。
三人の専門家
同様に人材育成の世界にも、その波は確実に押し寄せている。学習者の開発すべき能力はかつてのそれよりもはるかに高度化し、扱う内容は多岐にわたる。また、実施策は単純な研修に留まらず、様々なメディアとのブレンドやフィールド実践の組合せ、越境学習を取り入れた複雑な仕掛けによって提供されることは珍しいことではない。そのような複雑化する人材育成業務に必要な専門家として3人を挙げることができる。この3人の専門家によって効果的な学習支援活動を構築することが期待されている。
1人目は、学習テーマに関する正確で適切な知識や知見を有する専門家である。この専門家は「SME(Subject Matter Expert)」と呼ばれ、果たすべき役割は、学習内容の正確性や有用性の担保である。
2人目の専門家は「インストラクショナルデザイナー」である。SMEの有する知識を学習者に分かりやすく、そして学習への興味を維持・向上させる魅力的な学習活動を設計&開発するという役割責任を担う。
そして3人目の専門家は「コンテンツクリエーター」である。提供される媒体に応じて与えられる呼称は異なり、例えば講師がリーディングして進める研修ではインストラクターあるいはファシリテーターと呼ばれるかもしれないし、eラーニングではシステムデザイナーと呼ばれ、ゲームを用いた教育ではゲームクリエーターと呼ばれるかもしれない。呼び名は異なっても、彼あるいは彼女らに期待される役割は、効率的かつ効果的な情報伝達を行い、動機づけや学習への集中を含む学習支援を実施し、学習者の主体性を尊重しながら全員をゴールに導くことである。
多様で目まぐるしく変わり続ける現代において、高品質なコンテンツを継続的に創造するために、高度な専門性を持った人材の組織化が必要になる。その上で、適切な分業体制とデータを駆使した業務活動の実践が、人材育成に携わる我々にも期待されている。
特定非営利活動法人 学習分析学会 副理事長 堤宇一