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OJTトレーナーの「教え方が分からない」を脱するカリキュラム設計の進め方

OJTトレーナーに任命された中堅社員から「お世話係と何が違うのか」「どこまで自分の責任なのか」という声が上がる。人事として、この戸惑いを放置せずに自走できるトレーナーを育てるには、研修カリキュラムと運用ロードマップをセットで設計する必要があります。本記事では、小売業界で新任OJTトレーナー育成に取り組んだ事例をもとに、トレーナーに必要な4つの力をどの順番で習得させるか、SL理論(状況対応リーダーシップ)を軸に相手の状態で指導法をどう切り替えるか、集合研修と現場実践をどう往復させるかを具体的に解説します。

業種は違っても「中堅社員が指導の型を持たないままトレーナーを任され、ティーチング偏重で経験学習が回らない」という課題は共通します。同じ悩みを持つ人事担当者が、自社のカリキュラム設計に転用できる視点をお伝えします。

この記事でわかること

  • 中堅社員に任せるだけのOJTがうまくいかない仕組み上の理由
  • OJTトレーナーに必要な4つの力と、習得させる順番
  • SL理論を軸にした指導スタイル切り替えのカリキュラム設計
  • 基礎スキル習得→SL理論での使い分け→自走への動機形成、の3フェーズ進行
  • 新任トレーナーがつまずくパターンとその対処
  • 自社で着手するときの最初の3か月のステップ

この記事の監修者

落合 文四郎

アルー株式会社
代表取締役社長
落合文四郎

1977年、大阪府生まれ。 2001年、東京大学大学院理学系研究科修了後、株式会社ボストン コンサルティング グループ入社。 2003年10月、株式会社エデュ・ファクトリーを設立し、代表取締役社長に就任。 2006年4月、アルー株式会社に社名変更。京都大学博士(経営科学)。

なぜ中堅社員に任せるだけのOJTでは育たないのか

OJTトレーナーを任せられた中堅社員が「お世話係」化してしまう現象は、本人の能力不足ではなく、指導の型を持たないままトレーナー役を任されている仕組みから生まれます。ここでは、なぜその状態が起きるのかを3つの角度から整理します。

「教え方が分からない」が放置される構造

中堅社員は、自分の業務は遂行できても「業務をどう教えるか」を体系的に学んだ経験がありません。学ばないまま現場に出ると、教え方の順番が分からず、つい自分が教わったやり方を再現してしまいます。

なぜなら、多くの組織でOJTトレーナーへの任命は「中堅だから」「業務に詳しいから」という理由で行われ、任命と同時にカリキュラム化された準備期間が用意されていないからです。本人の自助努力に依存する仕組みになっており、結果として「教える順番が分からない」「ティーチングしかできない」「経験学習サイクルを回す支援ができない」という3つの欠落が同時に起こります。

たとえば、新人にホウレンソウの仕方を教える場面を想像してください。型を持つトレーナーは「報告すべきタイミング」「粒度」「順番」を分解して伝え、相手の理解度を聞き、必要なところだけ実演し、やらせてみてフィードバックします。型を持たないトレーナーは「困ったら相談して」と一言で済ませ、新人が報告しないと「最近の若手は…」と嘆くことになります。違いは個人の能力ではなく、指導の手順を持っているかどうかです。

だからこそ、人事は「中堅に任命する」だけでなく、教え方そのものをカリキュラムとして提供する必要があります。

ティーチング一辺倒になる中堅社員の事情

中堅社員がティーチング偏重に陥るのは、「教える=知識を伝える」という狭い理解しか持っていないためです。指導には傾聴やフィードバック、ティーチング、コーチングという4つのスキルがあり、相手の状態によって使い分ける必要があるという発想自体が共有されていません。
加えて、自分自身が育てられた時代に主流だったのは一方的なティーチングであり、再現の手本が偏っています。コーチングや傾聴を体験したことがないトレーナーは、いざ「引き出す」と言われても何をすればよいのか分からず、結局「教える」に戻ってしまいます。

指導方法の4つの型と使い分けについて詳しくは以下の記事をご参照ください。

🔗ブログ記事:ティーチングとは?効果的な活用法とビジネスシーンでの実践例を解説

経験学習サイクルが回らないまま1年が過ぎる

最も深刻なのは、業務をやらせっぱなしで振り返りが行われず、トレーニーの中に「経験を学びに変える」回路ができないまま時間が過ぎることです。経験→振り返り→概念化→次の試行というサイクルを回すには、トレーナー側の意図的な介入(質問・フィードバック・対話)が必要ですが、型を持たないトレーナーはここを支援できません。

結果として、1年後に「何ができるようになったか」をトレーナー本人もトレーニーも言語化できず、人事は育成成果を経営に説明できない状態に陥ります。この状態こそ、人事がOJT施策を見直すべきタイミングと言えます。

OJTトレーナーに必要な4つの力

新任OJTトレーナーが自走するために身につけるべき力は、大きく4つに整理できます。これは思いつきで並べているのではなく、指導の土台→具体スキル→環境設計→計画運用という積み上げの順序を踏んでいます。

トレーナーの土台となる3つの心構え

直接指導の前に、心構えが必要です。具体的には以下の3つです。

心構え

中身

I'm OK, You're OK

自分とトレーニーの双方を肯定する前提に立つ。心理的安全性の土台

For you

「自分のため」ではなく「相手のため」に指導するという姿勢

Ownership

トレーニーの成長に対して自分が主体的に関わるという当事者意識

この3つが揃わないと、どれだけスキルを学んでも「指示する/させる」関係になり、トレーニーが安心して質問・相談できなくなります。心構えはカリキュラムの冒頭に置き、講義+グループ討議で腹落ちさせるのが基本です。

直接指導の4スキル(傾聴・フィードバック・ティーチング・コーチング)

直接指導には4つのスキルがあり、それぞれ役割が異なります。

スキル

目的

主な場面

傾聴

関係構築・状況把握

1on1の冒頭、悩みを聞くとき

フィードバック

認識のすり合わせ・改善

業務後の振り返り、行動の修正

ティーチング

知識・手順の伝達

新しい業務を教えるとき

コーチング

自走の支援・経験学習を回す

経験から学びを引き出すとき

特にフィードバックには以下の5つのポイントがあります。
① あるべき姿とのすり合わせ
② 事実に基づく
③ ヒト・コト・ポジティブ・ネガティブのバランス
④ 多面的視点
⑤ 直感的に感じたことも伝える
この5つを満たさないフィードバックは「指摘」や「感想」になり、行動変容に繋がりません。
弊社アルーは、傾聴・フィードバック・ティーチング・コーチングを段階的に体験させる「OJTトレーナー研修」を提供しています。詳しくは以下のページをご覧ください。

🔗研修サービス詳細:OJTトレーナー研修

経験学習サイクルと人的ネットワーク構築の支援

スキル単体ではなく、それを使って経験学習サイクル(経験→振り返り→概念化→試行)を回すことがトレーナーの中核業務です。具体的には、業務をアサインしたあとに振り返りの場を設け、コーチングで気づきを引き出し、概念化(教訓化)を支援し、次の試行に繋げます。
加えて、トレーナーが一人ですべて抱え込まず、トレーニーが頼れる相手を増やす「人的ネットワーク構築」の支援もトレーナーの役割です。先輩や他部署などの斜め上の関係性を意識的に繋ぐことで、属人的な育成から脱却できます。

育成計画でゴールと道筋を持つ

最後に、育成計画です。自部署における標準人財の要件を確認し、ゴール(独り立ちの状態)を設定し、ゴールへの道筋を逆算で設計します。計画があると、トレーナー本人が「いま何ができていて、次に何を強化するか」を判断できるようになり、行き当たりばったりの指導から抜けられます。

SL理論を軸に「相手の状態」で指導法を切り替える

直接指導の4スキルは、揃えただけでは機能しません。「いつ・誰に・どのスキルを使うか」を判断する基準が必要です。本記事ではその基準としてSL理論(状況対応リーダーシップ)を採用します。トレーニーの業務に対する意欲と能力でマトリクスを切り、4象限に応じて指導スタイルを変えるという考え方です。

SL理論の4象限とトレーニーの状態の見立て方

トレーニーの状態

能力

意欲

適した指導スタイル

状態1:何も分からない新人

高(または不安)

指示的(ティーチング中心、業務指導が主)

状態2:業務に慣れたが自信がない

低(自信喪失)

説得的(ティーチング+傾聴・フィードバックを同時に厚く)

状態3:できるが意欲が落ちている

参加的(コーチング・傾聴中心、業務指導は最小化)

状態4:自走できる

委任的(目標合意+定期フィードバックのみ)

SL理論の肝は、「業務指導(タスク行動)」と「支援行動(リレーション行動)」の強弱をそれぞれ独立して変えるという点にあります。新任トレーナーは「全員に同じスタイルで接する」傾向があります。状態1にコーチングを使えば「答えを教えてくれない」と不満が出ますし、状態4にティーチングを続ければ「信頼されていない」と感じさせます。相手の状態を見立て、スタイルを切り替えるという思考プロセスを、カリキュラムで意識的にトレーニングする必要があります。

4つの指導スタイルの使い分け

見立てができたら、次は使い分けの実演です。たとえば「ホウレンソウの仕方を教える」場面なら、状態1には手順を分解して伝え、やってもらい、できた点と改善点をその場でフィードバックするという指示的スタイルが効きます。一方、状態3の相手には、まず傾聴で本人の状況を聞き、「いまの報告のやり方をどう感じている?」「どうすればもっとやりやすくなりそう?」と問いを返す参加的スタイルに切り替えます。同じ題材でも、相手によって入り方がまるで違うことを体験させるのがカリキュラムのポイントです。

カリキュラムへの落とし込み方

SL理論はカリキュラムの中盤(直接指導の4スキルを一通り学んだ後)に配置するのが効きます。なぜなら、4つのスキルを知らない状態でSL理論だけ学んでも、状況に応じて「使い分けるための具体的な手法」がないからです。順序としては、フェーズ1で基礎スキル(傾聴・フィードバック・ティーチング・コーチング)を一通り体験させ、フェーズ2でSL理論を使った状態別の使い分けを訓練し、フェーズ3で自走への動機形成までを目標に据える、という3段構成が機能します。次章でこの3フェーズの中身を詳しく見ていきます。

3フェーズで段階的に習得させる進め方

ここまでで4スキルとSL理論の全体像が出揃いました。では実際の研修では何をどの順番で体験させるのか。効果的なカリキュラム設計では、3つのフェーズに分けて段階的に習得させる形を取ります。

フェーズ1:ティーチング・コーチング・フィードバックなどの基礎指導スキルの習得

最初のフェーズは、基礎指導スキルの体験的習得です。傾聴、フィードバック、ティーチング、コーチングを順に体験させていきますが、ここでのポイントは「業務指導(タスクを教える)」と「支援行動(関係性を作る・気持ちを聴く)」をセットで扱うことです。新任トレーナーは業務を教えることだけに意識が向きがちなので、どちらも欠かせない要素として意識させる設計にします。

順番には意図があります。最初は仕事以外の話(傾聴)から入ります。関係構築のコミュニケーションが土台になければ、フィードバックも指導も入っていかないからです。傾聴を体験するときは、1回目はあえて話を聞かない態度を取り、2回目は熱心に聴く、という対比演習を行うと、積極的傾聴の効果が身体で分かります。

次にフィードバックです。フィードバックは「事実+所感」を伝えるスキルで、4スキルの中で最も汎用的に使うため、早い段階で型を入れます。トレーナーから新人への悪い例のフィードバック文を見せ、5つのポイントに照らして修正する演習が定番です。

その後にティーチング(業務手順を分解して伝える型)、コーチング(経験学習サイクルを回す問いかけ)と進みます。コーチングを後半にするのは、傾聴・フィードバックの土台がないとコーチングが「ただの放任」になるからです。

ノック

学ぶ内容

演習形式

1本目:傾聴

ストローク、積極的傾聴

ペアワーク(聞かない/聞く対比)

2本目:

フィードバック

5つのポイント、修正演習

ペアワーク

3本目:

ティーチング

業務手順の分解と伝達

講義+ロールプレイ

4本目:コーチング

経験学習サイクルを回す問い

個人ワーク+ペアワーク

各ノックは「短い講義→演習→振り返り」のセットにし、1スキルあたり40〜60分を目安にします。受講者の体験量(実際にやった量)が定着を決めるため、講義比率は最小化します。

NG例:4スキルを座学だけで講義し、最後にまとめて1回ロールプレイ

OK例:各スキルごとに講義→ペアワーク→全体共有を1セットで回す

フェーズ2:SL理論を用いたトレーニーの状態別の使い分け

基礎スキルを習得したら、次は使い分けです。フェーズ2では、フェーズ1で身につけた4スキルを、SL理論の4象限に応じてどう組み合わせるかを訓練します。ここでも「業務指導」と「支援行動」をセットで扱いますが、状態によって配分を使い分けるという考え方が中核です。

演習はケーススタディ形式が効きます。具体的なトレーニー像(例:入社2か月、業務には慣れてきたが、先週のミスを引きずって自信を失っている)を提示し、SL理論のどの象限に該当するかを見立て、その状態に合うスタイルでロールプレイをさせます。

ケース

状態の見立て

適したスタイル

業務指導の強さ

支援行動の強さ

入社直後で何から手をつけてよいか分からない

状態1

指示的

業務は覚えたがミスを引きずって自信喪失

状態2

説得的

業務はできるが目標が見えず意欲低下

状態3

参加的

自分なりに工夫しながら回せている

状態4

委任的

受講者が陥りがちなのは、状態2の相手に「業務指導を弱める」誤りです。実際は業務指導も支援行動も両方厚くする必要があります。こうしたつまずきを演習で体験させ、講師がその場でフィードバックすることで、見立てと処方の精度が上がります。

フェーズ3:自走したいと思える状態への動機形成支援

最後のフェーズは、トレーニーが「自走したい」と思える状態をどう作るかです。SL理論の状態4(委任的)が成立するためには、トレーニー自身に「自分でやりたい」「次はこうしたい」という内発的な動機が育っていなければなりません。これは業務指導や支援行動だけでは生まれず、トレーナーが意図的に動機形成を支援する必要があります。

動機形成の具体的な打ち手は3つあります。

  1. 意味づけの言語化を促す:業務の意味、自分の成長と組織への貢献の繋がりを、トレーニー本人の言葉で語らせる。コーチングの問いで「この仕事を通じて、自分は何ができるようになりたいか」を引き出す。
  2. 小さな成功体験を可視化する:できるようになったことを振り返りの場で言語化し、トレーナー側からも認知する。「先週はできなかったが今週はできた」という変化を本人が認識できる状態を作る。
  3. 次の挑戦テーマを一緒に決める:トレーナーが一方的に課題を渡すのではなく、トレーニーが「次はこれをやってみたい」と言える状態を、対話で作る。挑戦テーマがトレーニー側から出る瞬間が、自走の入り口です。

フェーズ3は、フェーズ1・2を経て初めて機能します。基礎スキルがなく、状態の見立てもできないトレーナーが動機形成を試みても、空回りで終わります。3フェーズの順序を守ることが、自走できるトレーニーを育てる前提になります。

集合研修と現場実践の往復で定着させる

集合研修だけで終わらせると、現場に戻った瞬間に忘れます。フェーズ1の集合研修のあとに現場実践期間を置き、学んだ基礎スキルを実際のトレーニーに対して使ってもらい、中間振り返りで、守秘義務やプライバシーに配慮した上で「現場での課題やうまくいかなかった場面」を持ち寄ってもらう設計が効果的です。その振り返りを踏まえてフェーズ2の集合研修に入ると、SL理論の使い分けが「現場の自分の経験を整理する道具」として腹落ちします。フェーズ3も同様に、現場での動機形成の試行を持ち寄って振り返る、という往復で身体化させます。
人事の役割は、この往復を回せる運用設計(中間レビュー日程、上司への共有、振り返りシートの提供)を整えることです。
経験学習サイクルの理論と実践について詳しくは以下の記事をご参照ください。

🔗関連記事:経験学習サイクルとは?実践のコツや具体的な施策例

新任トレーナーが直面しやすい課題と対策

研修を組んでも、現場でつまずくポイントは決まっています。あらかじめ対策を講じることで、形骸化を防げます。

失敗→対処の対応表

課題となるパターン

起きている状態

対処

教え方の順番が分からず、ティーチングのみに偏る

知識伝達で終わり、トレーニーの主体性が育たない

フェーズ1で4スキルを揃え、フェーズ2でSL理論を使った状態別のスタイル切り替え訓練を組み込む

経験学習サイクルを回す支援ができない

業務をやらせっぱなしで振り返りがない

コーチング演習をフェーズ1の後半に入れ、現場実践期は月次の振り返り面談を運用に組み込む

育成対象者の状態に応じた指導法が選べない

全員に同じスタイルで接してしまう

フェーズ2のケーススタディとSL理論アセスメントで、状態の見立てとスタイル選択を反復訓練

トレーニーに自走の動機が育たず指示待ちが続く

業務はできるが「次にやりたいこと」が出てこない

フェーズ3の動機形成支援を組み込み、意味づけ・成功体験の可視化・挑戦テーマの共創を運用する

業務理解不足から暗黙知を言語化できない

「見て覚えろ」になってしまう

上司・先輩トレーナーとの三者連携で業務の勘所を棚卸しし、育成計画書に落とす

研修を1回やって終わりにする

現場で形骸化する

3フェーズの集合研修と現場実践を往復させ、中間振り返りで使い分けを言語化する運用にする

ティーチング偏重から抜け出す現場の打ち手

ティーチング偏重から抜けるには、「教える前に聞く」という習慣化が必要です。研修では「業務を教える場面でも、まずトレーニーに『どこまで分かっているか』『どこに不安があるか』を聞いてから始める」という型を入れます。聞くことで、SL理論の状態を見立て、指示的、説得的、参加的、委任的のどれを使うべきかの判断ができるようになります。

現場実践期には、トレーナーに「今週、コーチングで対応した場面を1つ挙げてください」「今週、相手の状態が変わったので指導スタイルを切り替えた場面はありましたか」という宿題を出します。挙げられないトレーナーは、フェーズ1で止まっているサインです。

経験学習サイクルが回らないときの介入

サイクルが回らない最大の原因は、振り返りの場がないことです。日々の業務後に5分でいいので「今日やってみてどうだったか」を聞く時間を仕組み化します。トレーナーが聞けないなら、人事が振り返りシートを提供し、まずはシートを通じた振り返りから始めます。シートには「やったこと」「うまくいったこと」「うまくいかなかったこと」「次に試すこと」の4項目だけ並べれば十分です。最後の「次に試すこと」がトレーニー本人の言葉で書けるようになると、フェーズ3の動機形成の入り口に立っています。

Before/After対比表

状態

研修導入前

3フェーズを実装した後

トレーナーの

役割理解

「お世話係」化、何が責任か曖昧

心構え・直接指導・環境作り・育成計画で説明できる

指導スタイル

ティーチング一辺倒

SL理論で相手の状態を見立て、業務指導と支援行動の配分を切り替えられる

振り返り

やらせっぱなし

経験学習サイクルが回り、トレーニー側で振り返り習慣が定着

動機形成

指示待ちのまま

トレーニー側から「次にやりたいこと」が出る状態を作れる

育成計画

場当たり的、ゴール不明

標準人財の基準に基づくゴールと道筋を持つ

人的

ネットワーク

トレーナー一人で抱え込む

先輩・他部署を意識的に繋ぐ

人事からの説明

「何ができるようになったか」が言えない

フェーズごとの成長を言語化できる

段階的指導カリキュラムの事例

ここまで解説してきた「3フェーズで段階的に習得させる」設計を、実際にどう運用したか、小売業界の事例で具体化します。

小売業界における新任OJTトレーナー育成

規模・対象者

全国展開する小売業で、中堅社員(入社6〜10年目)および新任課長クラスから選抜された新任OJTトレーナーを対象に実施しました。

課題

中堅社員がOJTトレーナーとして指導方法を体系的に習得しておらず、ティーチング偏重、経験学習サイクルが回らない、トレーニーのレベル別対応ができないという状態でした。各部署で標準人財の要件は整理されていたものの、育成担当者本人の指導能力を高める施策は未実施で、結果として若手社員や異動者の育成が属人化していました。

成果

受講者からは「OJT指導者の責務を再確認できた」「チームで育成する必要性を感じた」「他の受講者も同じ思いでOJTをやっているのだなと感じ、ないがしろにしていた自分を反省した」という声が上がり、チームで部下を育成していこうという当事者意識の変化が見られました。「仲間を巻き込んで行うOJTを今後行っていきたい」という行動意向も多く、属人的なOJTから組織的なOJTへの転換が始まりました。

成果の可視化

受講者の声を継続的に収集し、「役割理解の変化」「状態別の指導使い分けに対する自己効力感」「行動意向の変化」を定性データとして可視化しました。

設計のポイント

「指導者」と「推進者」を分けて設計し、それぞれの責務を明確化したこと。基礎スキル→SL理論での使い分け→自走への動機形成、という3フェーズの順序を崩さずに往復学習で定着させたこと。事前課題で本人の不安・期待を棚卸ししてから研修に入ることで、自分ごと化が進みやすくなったこと。Web形式でも体験や対話の量を確保する構成にしたことが、定着に効果を発揮しました。

だからこそ、自社のカリキュラムや運用設計を検討する人事担当者は、この事例で使った設計図を具体的に見ながら、自社に転用できる要素を洗い出してみてください。

🔗おすすめ資料:環境に左右されない!新入社員を成長させるOJTトレーナーが実践している3つのコツ

自社で取り組む際の第一歩

ここまでの内容を、自社で動かすときの最初の一歩に落とし込みます。

現状診断の3つの問い

カリキュラム設計の前に、まず自社の現状を3つの問いで診断します。

  1. トレーナーは自分の役割を4機能(心構え・直接指導・環境作り・育成計画)で説明できるか
  2. 指導の場面で、SL理論的に相手の状態を見立てて業務指導と支援行動の配分を切り替えているか
  3. トレーニーが経験を振り返り、概念化し、「次にやりたいこと」を自分の言葉で語る場が週次・月次で確保されているか

3つすべてに「はい」と言えなければ、カリキュラム設計の余地があります。

最初の3か月で着手すべきこと

  • 1か月目:標準人財の要件と「独り立ち」の定義を再整理。トレーナーに何を達成させたいかのゴール設定。

  • 2か月目:フェーズ1(基礎スキル)を骨格にした導入研修の設計と、現場実践期間の運用ルール(振り返りシート・中間レビュー)を策定。

  • 3か月目:導入研修の試行実施と、トレーナー・トレーニー・上司の三者からのフィードバック収集。フェーズ2(SL理論での使い分け)への接続点を確認し、次サイクルへの改善を確定。

最初から完璧な3フェーズ12か月ロードマップを作ろうとせず、「フェーズ1の導入研修+1回の現場実践+1回の振り返り」の最小サイクルから始めるのが現実的です。

OJTトレーナーの全体像と役割について詳しくは以下の記事をご参照ください。

🔗関連記事:OJTとは?OFF-JTとの違いや具体的な進め方をわかりやすく解説

まとめ

OJTトレーナーが「教え方が分からない」状態を脱するには、本人の努力や経験年数に依存せず、カリキュラムと運用ロードマップをセットで設計することが必要です。本記事の要点を整理します。

  • 中堅社員が「お世話係」化するのは能力不足ではなく、指導の型を持たないまま任命される仕組みの問題
  • トレーナーに必要なのは「心構え」「直接指導」「環境作り」「育成計画」の4機能を積み上げる順序設計
  • SL理論を軸に、相手の状態で業務指導と支援行動の配分を切り替える発想がカリキュラムの中核
  • フェーズ1(基礎スキル)→フェーズ2(SL理論での使い分け)→フェーズ3(自走への動機形成)の順序で習得させる
  • 集合研修だけで終わらせず、現場実践と振り返りを往復させる運用が定着の鍵
  • 自社で取り組むときは、3つの問いで現状診断し、最小サイクルから始める

OJTトレーナー育成に唯一の正解はなく、組織の規模や業種、育成対象者の状態によって最適な設計は変わります。だからこそ、自社の現状を起点に、設計の選択肢を一緒に検討できるパートナーとの対話が次の一歩になります。

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よくある質問(FAQ)

Q

OJTトレーナー研修は何時間・何回くらいが目安ですか?

A

集合研修だけ見れば1回4〜8時間が一般的ですが、重要なのは1回の長さではなく「集合研修+現場実践+振り返り」のサイクルをどれだけ回すかです。1回で終わらせると形骸化するため、フェーズ1(基礎スキル)→現場実践(1〜数か月)→中間振り返り→フェーズ2(SL理論での使い分け)→フェーズ3(動機形成)というサイクルを最低1往復は組むことを推奨します。

Q

中堅社員と新任課長を同じ研修で扱ってよいですか?

A

役割が異なるため、設計を分けることを推奨します。直接指導するOJT指導者と、その指導者を支援するOJT推進者(管理職)では、責務もスキルも異なります。事例でも指導者向けと推進者向けを分けて実施しました。共通する心構えやSL理論の概論パートだけ合同にする、という折衷も可能です。

Q

トレーナー本人にやる気がない場合、どうすればよいですか?

A

やる気が出ない原因の多くは「自分の役割と責任範囲が分からない」「成果が見えない」のどちらかです。役割を4機能で言語化し、事前課題で本人の不安・期待を棚卸しさせると、自分ごと化が進みやすくなります。また、上司(OJT推進者)から「期待していること」を直接伝える場を設けるのも有効です。これはトレーナー自身に対するフェーズ3(動機形成)の働きかけでもあります。

Q

育成成果をどう測ればよいですか?

A

定量と定性の両面で見ます。定量はトレーニーの独り立ち判定基準(できることリストの達成率)を、定性はトレーナーとトレーニー双方の振り返りシートと上司面談での観察項目を組み合わせます。「研修後に何が変わったか」をトレーナー本人が言語化できることが、最も再現性のある成果指標です。

アルー株式会社
アルー株式会社
20年以上、企業向けに人材育成コンサルティングや研修を提供してきた。新入社員・管理職といった階層別研修や、海外駐在員やグローバルリーダーなどのグローバル人材育成、DX人材育成に強みを持つ。その実績は取引企業総数1400社以上、海外現地法人取引社数400社以上に及ぶ。京都大学経営管理大学院との産学連携など、独自の研究活動も精力的に行っている。

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