
研修転移とは?現場で成果を生む3×3マトリクス設計と測定法
研修をやっても、現場で行動が変わらない——。多くの人材育成担当者が抱えるこの悩みを解消する鍵が「研修転移」です。本記事では、研修転移の定義から、人事・上司・受講者が研修前・中・後に取り組むべき具体的タスク、効果測定の設計、失敗時の原因診断まで、明日から使える形で解説します。
この記事でわかること
- 研修転移の定義と、学習転移やカークパトリック4レベルとの関係
- 「人事・上司・受講者」×「研修前・中・後」の3×3マトリクス設計と各セルの具体タスク
- 行動KPI・成果KPIの設計と、研修後、3か月後の2回測定の運用モデル
- 研修転移が起きなかったときの原因診断フロー
- 自社で進めるためのチェックリストと研修会社選定時の観点
この記事の監修者

アルー株式会社
代表取締役社長
落合文四郎
1977年、大阪府生まれ。 2001年、東京大学大学院理学系研究科修了後、株式会社ボストン コンサルティング グループ入社。 2003年10月、株式会社エデュ・ファクトリーを設立し、代表取締役社長に就任。 2006年4月、アルー株式会社に社名変更。京都大学博士(経営科学)。
研修転移とは——定義と注目される背景
研修転移の定義と提唱者
研修転移(Transfer of Training)とは、研修で学んだ知識・スキル・態度が、受講者の職場での行動として実践され、かつ一定期間維持される状態を指します。米国の研究者 Baldwin & Ford(1988)が既存研究を整理し、フレームワークを示した概念です。日本では中原淳氏らの著書『研修開発入門「研修転移」の理論と実践』(ダイヤモンド社)を契機に、人材育成領域で広く認知されるようになりました。
原典では、転移の条件を次の2つに分けています。
- 般化: 研修で学んだ内容を、職場の文脈に合わせて応用・実践できること
- 維持: その実践が一定期間継続すること
研修直後に一度はできても、3か月後に元に戻っていれば転移は成立していません。
なぜ「学んだ」だけではなく、「実践され、維持される」ところまで含めるのでしょうか。それは、研修は手段であって目的ではないからです。学びが職場の行動に反映されて初めて、研修投資は成果として回収されます。たとえばロジカルシンキング研修を受けても、研修後の会議で構造化した提案ができていなければ、それは研修転移が起きていない状態といえます。
研修転移が今なぜ重要視されているのか
研修転移が注目される背景には、「やりっぱなしの研修」に対する経営層からの厳しい視線があります。
人的資本開示の潮流が強まり、教育投資に対して「行動が変わったのか」「事業成果に貢献したのか」という説明責任が人事に問われるようになりました。研修の参加率や満足度アンケートだけでは、もはや経営層を納得させることはできません。
とはいえ、ここで多くの担当者が抱くのが「結局のところ、研修転移は人事の努力だけで本当に起こせるのか? 現場の上司が動かない限り無理なのでは?」という率直な疑問です。
この問いは非常に本質的で、結論から言えば「人事だけでは起こせない」が答えです。研修転移は、人事・上司・受講者の三者がそれぞれの立場で仕掛けを持つことで、初めて実現します。だからこそ本記事では、三者の役割分担を明確に可視化していきます。
研修転移と「学習転移」「カークパトリック4レベル」との関係
研修転移と学習転移の違い
「学習転移」と「研修転移」は混同されがちですが、意味の対象範囲が異なります。両者の違いを整理すると以下の通りです。
観点 | 学習転移 | 研修転移 |
|---|---|---|
研修転移は学習転移の一領域と位置づけられますが、企業文脈では「職場での実践と成果」が明確に評価対象になる点が最大の違いです。例えば、「高校で学んだ数学を大学入試で応用できる」のが学習転移、「研修で学んだ問題解決フレームを実際の業務改善に使う」のが研修転移です。
カークパトリック4レベル評価モデルとの対応
研修効果を評価する古典的モデルに、カークパトリックの「4レベル評価モデル」があります。研修転移がどのレベルに対応するかを整理すると、以下のようになります。
レベル | 評価対象 | 測定手法例 | 研修転移との関係 |
|---|---|---|---|
つまり研修転移は主にLv3(行動変容)とLv4(結果)を担う概念です。多くの企業がLv1の測定にとどまっているのが実情ですが、研修転移の核心はLv3以降にあります。
研修効果測定の考え方について詳しくは以下の記事をご参照ください。
🔗関連記事:研修効果測定のやり方とは?4段階評価モデルや具体的な指標を解説
研修転移が起きない典型パターンと原因診断
起きない典型パターン
研修転移が起きない現場には、共通する5つのパターンがあります。
- 職場に戻ると元の業務に忙殺され、学んだことを試す時間が取れない
- 上司が研修内容を知らず、実践しようとした行動を評価・支援しない(時に阻害する)
- 研修が「わかる」レベルで終わり、「できる」レベルまで反復されていない
- 研修後のフォローが受講者任せで、進捗確認や振り返りの場がない
- 効果測定が研修直後の満足度のみで、行動変容が可視化されない
「導入しただけで満足して終わってしまうのではないか」「研修転移を追求すること自体が、人事のアリバイ作りになっていないか」といった懸念の声も少なくありません。この懸念は正当であり、実際に上記5パターンのいずれかに該当していれば、研修は「儀式」と化してしまいます。
受講者・研修設計・職場環境の「3軸原因診断」
研修転移が失敗した際、原因を切り分けずに「次はもっと内容を工夫します」と繰り返すだけでは改善しません。以下の「3軸マトリクス」で診断を行うことで、打つべき施策(打ち手)が明確になります。
要因軸 | 兆候 | 主な原因 |
|---|---|---|
この3軸で診断すると、たとえば「研修設計者として、上司ブリーフィングを実施していないにもかかわらず、行動変容が起きない理由を受講者に求めていた」といった施策の見落としに気づくことができます。
※学術的には Holton et al.(2000)が開発したLTSI(Learning Transfer System Inventory)が16の転移影響要因を測定しますが、実務においては上記3軸の簡易診断のフレームワークで整理するのが有効です。
研修転移を実現する方法
研修転移の「3×3マトリクス」全体像
研修転移は、人事・上司・受講者の誰か一人の努力だけで実現するものではありません。三者が「研修前・研修中・研修後」の各フェーズで具体的なタスクを持つことで初めて成立します。全体像を整理すると以下のようになります。
主体 | 研修前(-2週〜前日) | 研修中(当日〜終了時) |
|---|---|---|
このマトリクスのメリットは、「誰が・何を・いつやるか」が視覚的に明確になる点です。研修転移が起きない現場の多くは、このマトリクスのいずれかのセルが空欄のまま運用されています。
研修前に仕込むべきこと
研修転移の成否の半分は、研修が始まる前の準備段階で決まります。研修前フェーズで最も重要なのは、「上司ブリーフィング」と「受講者の課題言語化」の2つです。
1.上司ブリーフィング
上司に対しては、以下の4点を必ず事前に共有します。
- 今回の研修の目的とゴール
- 受講後に期待する行動(行動変容)
- 研修後の1on1等で確認してほしい観察ポイント
- 3か月後の効果測定への協力依頼
実施方法は、1回30分程度のオンライン説明会や、A4 1枚のブリーフィング資料(※目を通したことを確認できる仕掛けとセット)で十分です。このプロセスを省略すると、受講者が研修から戻っても、上司から「何について学んできたのか」と聞かれるだけで終わってしまいます。
2. 受講者の課題言語化
事前アサインメントとして、以下の2問を記述させるだけでも大きな効果があります。
- 「あなたが今の業務で最も困っていることは何か?」
- 「今回の研修で持ち帰りたい問いは何か?」
目的意識を高く持った状態で研修に臨むことで、同じコンテンツであってもインプットの質が大幅に向上します。
研修中に組み込むべき設計
研修中の設計において重要となるのは、「わかる」レベルから「できる」レベルへの転換と、アクションプランの言語化です。
座学で理解しただけの内容は、月曜日の朝には大半を忘れてしまいます。研修内には「知識のインプット → 自社文脈での演習 → フィードバック → 再演習」という反復構造を組み込むことが不可欠です。
たとえばアルーが提供する研修では、「100本ノック」と呼ばれる反復演習の設計思想を用いる場合があります。問題解決研修を例に挙げると、事例を変えながら「問題設定 → 原因分析 → 打ち手立案」を複数回繰り返すことで、フレームワークの使い方を「身体化」させます。これは「わかる」で終わらせず「できる」まで引き上げるための代表的な手法の一つです。
また、研修の最終セッションでは必ず具体的かつ実践的なアクションプランを作成させます。
- 「30日以内に」
- 「何を」
- 「どの業務で」
- 「誰と実践するか」
ここまで明確に落とし込み、上司に共有することを前提として作成させることが、実践へつなげる鍵となります。
弊社アルーはロジカルシンキングを「わかる」から「できる」に転移させる反復演習型の「ロジカルシンキング研修」を提供しています。詳しくは以下のページをご覧ください。
🔗研修サービス詳細:ロジカルシンキング研修
研修後フォローの設計
研修後のフォローは、「30日・60日・90日」の3点で仕掛ける設計が効果的です。研修効果は放置すると急速に減衰するため、意識的な想起機会を作ります。
タイミング | 実施内容 | 主担当 |
|---|---|---|
上司が1on1面談で使える観察ポイントとして、以下の3問が汎用的に機能します。
- 「研修で学んだフレームを実務会議で使っている場面はあったか」
- 「うまくいかなかった場面と、その理由は何か」
- 「次の30日で試したいことは何か」
上司が「何を聞けばいいかわからない」状態を作らないことが、人事的フォローの重要な役割です。
研修転移の効果測定——行動KPI・成果KPIと2回測定の運用設計
効果測定KPIの考え方
効果測定でつまずく最大の理由は、「何をKPI(重要業績評価指標)にするか」が曖昧なままアンケートを取り始めてしまうことです。研修転移の効果測定は、行動KPI(Lv3)を中心としつつ、成果KPI(Lv4)との連動が可能な場合はLv3とLv4の2階建てで設計します。以下にテーマ別の例を挙げます。
研修テーマ | 行動KPI(Lv3)例 | 成果KPI(Lv4)例 |
|---|---|---|
重要となるのは行動KPIから設計することです。成果KPIだけを追うと、「研修による変化なのか、市況の影響なのか」の切り分けができなくなります。まず行動KPIで「学んだことが現場で使われているか」を押さえ、そのうえで成果KPIとの相関を追います。
研修後+3か月後の2回測定運用モデル
効果測定は「研修直後」と「研修後3か月」の2回測定を基本設計とします。これはアルーが創業以来、研修設計の基本モデルとして提供している「成果の見える化」の考え方でもあります。
1回目測定(研修直後):Lv1(満足度)+Lv2(理解度)+Lv3の実践意欲を測定します。アクションプランの内容もここで収集します。
2回目測定(研修後+3か月):Lv3(行動変容)を、受講者本人と上司の両方から測定します。可能ならLv4(成果KPI)も突き合わせます。上司評価と自己評価にギャップがあった場合、そのギャップ自体が育成の次の論点になります。
「研修転移の追求自体が『研修を正当化するための人事のアリバイ作り』になっていないか」という懸念に対する答えは、2回測定によって「行動が変わり成果につながった好事例」を経営陣へ定量的に提示できるかにかかっています。効果測定はアリバイ作りではなく、次年度の予算を獲得するための強力な武器となります。
研修転移を仕組み化した企業の事例
問題解決研修の職場定着事例を紹介します。従来の集合研修では拠点限定の実施にとどまっていた課題に対し、「eラーニングでの基礎習得」「現場に即した実践演習」「OJTトレーナーによる現場フィードバック」を一体設計することで、「わかる→できる→現場で使い続ける」の定着プロセスを仕組み化しました。
メーカーにおける問題解決研修の職場定着事例
規模・対象者
弊社が支援したメーカー(全社的な改善活動の標準化プロジェクト)にて、工場や本社を含む複数拠点の実務担当者層を対象に施策を実施しました。
課題
従来は工場メンバーを中心に集合型の論理的思考力研修を実施していましたが、拠点や職種による受講機会のばらつきが大きく、学んだ内容が現場の改善活動に定着しない課題を抱えていました。また、勤務時間や残業規制の都合上、研修時間を確保する運用上の制約も強く、集合研修のみでの全社展開は困難な状況でした。
実施した施策
「eラーニングによる基礎習得」と「コンバット型演習(実践的テーマに対するアウトプット作成と講師からの個別FB)」を組み合わせた多層設計を導入しました。
- 基礎学習: eラーニングで問題解決の基本フレームを全社員へ共通装備。
- 実践演習: 自社の改善テーマを題材とした反復演習を実施。
- 現場定着: 社内OJTトレーナーを育成し、研修後も現場でフィードバックを担う三層構造を構築。
また、既存のQCストーリー(品質管理の手順)との整合性も確認し、現場の改善活動体系に自然と接続できる設計としました。
成果
受講者からは以下の声が寄せられました。
- 「ピラミッド構造の作成を繰り返し実践し、フィードバックを受けることで体得できた」
- 「コンバット型演習で個別指導を受けたことで、自身の思考の癖に気づけた」
- 「実践期間中にQCで活用でき、実務への適用イメージが明確になった」
反復練習による定着と実務への応用イメージの獲得が確認でき、Lv2(習得)からLv3(行動)への研修転移が実際に起きていることが定性データからも示されました。
設計のポイント
最大のポイントは、「eラーニング(基礎)→ コンバット型演習(反復)→ OJTトレーナーの現場FB(定着)」という三層構造で研修転移の全フェーズをカバーした点です。集合研修単体で発生しがちな「学びっぱなし」を、現場トレーナーによる継続的なフィードバック機構で解消しました。既存の改善活動やOJT体制と接続させることで、規模を問わず汎用的に研修転移を仕組み化できるという示唆が得られます。
研修転移を自社で進めるためのチェックリストと次の一歩
明日から使えるチェックリスト
自社の研修設計を研修転移の観点で点検するチェックリストです。10項目のうち何個できているかで、次の一手が見えます。
- 研修の目的、ゴールが「行動変容」まで含めて言語化されている
- 上司ブリーフィング(研修目的の事前共有)を実施している
- 受講者に事前アサインメント(課題言語化)を課している
- 研修中の演習で自社文脈のケースを扱っている
- 研修最終セッションでアクションプランを言語化させている
- 研修直後に上司との1on1振り返りを設計している
- 30日・60日・90日のフォローポイントが決まっている
- 行動KPI・成果KPIの両方が設計されている
- 研修後3か月時点で行動変容を測定している
- 失敗時の原因診断(受講者・研修設計・職場環境の3軸)を実施している
半分未満であれば、まずは上司ブリーフィングと3か月後測定の2つから着手するのが効果的な一手です。
研修会社を選ぶときの転移観点チェック項目
研修会社を選定する際、研修転移の観点で必ず確認すべき比較項目があります。
比較軸 | 確認質問 | NGサイン |
|---|---|---|
これらは研修会社を単なる「講師派遣業者」ではなく「行動変容の伴走者」として選ぶための基準です。
研修の意味ないと言われないための実施ポイントについて詳しくは以下の記事をご参照ください。
🔗関連記事:意味がないと言われてしまう研修とは?効果のある研修をする10のコツ
まとめ
研修転移は、研修で学んだ内容が職場での行動として実践され、成果につながり、維持される状態を指します。実現には人事だけの努力では不十分で、「人事・上司・受講者」×「研修前・中・後」の3×3マトリクスで三者がそれぞれのタスクを持つ設計が不可欠です。
重要なのは、以下のの5点です。
- 研修前の上司ブリーフィングと受講者の課題言語化
- 研修中の「わかる」レベルから「できる」レベルへの反復設計
- 研修後30日・60日・90日のフォロー
- 行動KPI・成果KPIの2階建て設計
- 研修直後+3か月後の2回測定
失敗時は受講者・研修設計・職場環境の3軸で診断し、次の打ち手を切り分けます。
「研修は手段であって目的ではない」という原則に立ち返ったとき、研修転移の設計思想と再現条件を持つパートナーと対話する価値が見えてきます。
よくある質問(FAQ)
Q | 研修転移と学習転移は同じ意味ですか? |
|---|---|
A | 学習転移は学校教育を含む学習全般で使われる広い概念、研修転移は企業研修で「学んだ内容が職場の行動や成果に結びつくか」に焦点を絞った概念です。研修転移は学習転移の一領域と位置づけられます。 |
Q | 上司が非協力的な場合、研修転移は諦めるしかないですか? |
|---|---|
A | 諦める必要はありませんが、上司の関与なしに転移を100%起こすのは困難です。まず上司ブリーフィング資料をA4 1枚で作り、対象者の上司に必ず配布することから始めます。全上司を動かせなくても、キーマン数名を巻き込めれば好事例が生まれ、横展開の土台になります。 |
Q | 効果測定はどのタイミングで実施するのがベストですか? |
|---|---|
A | 研修直後と研修後3か月の2回測定が基本です。研修直後は満足度、理解度、実践意欲を、3か月後は行動変容と可能なら成果KPIを、受講者本人と上司の両方から測定します。両者のギャップが次の育成論点になります。 |
Q | eラーニングやオンライン研修でも研修転移は起こせますか? |
|---|---|
A | 起こせますが、集合研修以上に研修前・後の設計が重要になります。オンラインは受講者が孤立しやすいため、事前の課題共有、研修後の1on1面談、同期との情報交換の場を意識的に設計しないと、視聴して終わりになります。学習履歴データを活用した個別フォローと組み合わせるのが有効です。 |


