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トランザクティブメモリーとは?3要素や高める方法、企業での活用事例を解説

「誰が何を知っているか」を組織で共有できている状態を指すトランザクティブメモリー(Transactive Memory System / TMS、以下TMS)は、属人化解消・組織学習・リモート下の情報連携という現代的な課題に直結する概念です。しかし「スキルマップやナレッジ共有ツールを入れるのと何が違うのか」と感じている人事担当者も少なくないでしょう。本記事では、人事・人材育成担当者が自社で実践できるよう、トランザクティブメモリーの定義や3要素、隣接概念との違い、成熟度セルフ診断、高めるためのロードマップ、KPI設計までをわかりやすく解説します。

この記事でわかること

  • トランザクティブメモリーの定義と、「Who knows What」の意味
  • 共有メンタルモデル・集団認知などの隣接概念との違い(比較表)
  • 3要素(専門性・信頼性・調整性)が持つ具体的な意味
  • 自社のTMS成熟度セルフ診断チェックリスト(15項目)
  • 「専門性の可視化→信頼性の醸成→調整性の運用」の90日ロードマップ
  • 負の側面(アクセス集中・情報源固定化)と回避策
  • 成果を経営層に説明するためのKPI設計
  • サービス業における「Who knows What」運用事例(規模・課題・施策・成果)

この記事の監修者

落合 文四郎

アルー株式会社
代表取締役社長
落合文四郎

1977年、大阪府生まれ。 2001年、東京大学大学院理学系研究科修了後、株式会社ボストン コンサルティング グループ入社。 2003年10月、株式会社エデュ・ファクトリーを設立し、代表取締役社長に就任。 2006年4月、アルー株式会社に社名変更。京都大学博士(経営科学)。

トランザクティブメモリーとは

トランザクティブメモリー(Transactive Memory System / TMS)とは、組織のメンバーが「誰が何を知っているか(Who knows What)」を共有している状態を指す概念です。組織全体を1つの記憶システムとみなし、個々人がすべてを覚えるのではなく、「必要な情報は誰にアクセスすればよいか」というメタ知識を分散共有することで、組織としての知識容量と適応力を高めます。

「Who knows What」の考え方

TMSの核は、「情報そのものを共有する」のではなく「情報の所在を共有する」点にあります。全員が同じ情報を持つ必要はなく、「Aさんは海外法規制に強い」「Bさんは製造ラインの歴史的トラブルを知っている」といった専門性の分布そのものが組織の共有資産になります。

これはナレッジ共有ツールに全ドキュメントを蓄積するアプローチとは根本的に異なります。TMSが機能している組織では、検索して見つからない場合も「誰に聞けば5分で解決するか」がすぐわかります。TMSはツールではなく組織の認知状態を指すため、単なる可視化では実現しません。

提唱者ダニエル・ウェグナーと研究の系譜

TMSは、社会心理学者ダニエル・ウェグナー(Daniel Wegner/当時トリニティ大学、後にハーバード大学教授)が1985年に提唱した概念です。当初は「夫婦や親密なペアが記憶を分担している現象」の研究でしたが、その後チーム・組織の文脈で研究が進み、Lewis(2003)が専門性(Specialization)・信頼性(Credibility)・調整性(Coordination)の3要素・15項目でフィールド測定する尺度を開発しました。この系譜をたどることで、なぜ現代のリモートワーク下や属人化解消の文脈で改めて注目されるのかが見えてきます

なぜいま注目されているのか

TMSがビジネス文脈で注目される背景は3つあります。第一に属人化の解消です。特定の人にしか業務がわからない状態は、退職時の引継ぎ工数と事業リスクを増大させます。第二にリモート・ハイブリッド化です。偶発的な立ち話が減り、「誰が何を担当しているか」の暗黙的な共有が難しくなりました。第三に組織学習の必要性です。VUCA時代と呼ばれる不確実性の高い現代では、変化に応じて「誰の知見を持ち寄るか」を素早く判断できる組織が優位に立ちます。

共有メンタルモデル・認知的相互依存・集団認知との違い

TMSは「集団の認知」を扱う概念群のひとつですが、共有メンタルモデル(SMM)・チームメンタルモデル(TMM)・認知的相互依存・集団認知と混同されがちです。社内で説明するときに用語が混ざる場面も多いため、まず違いを整理します。

共有メンタルモデル(Shared Mental Model)/チームメンタルモデル(Team Mental Model)は、チームが同じタスクや状況理解の枠組みを共有している状態を指します。この2つは学術的にはほぼ同義で、互換的に使われます。両者を分けるより、共有される中身で「タスクに関する共有(手順・状況の理解)」と「チームに関する共有(誰がどんな役割・特性か)」を区別するのが一般的です。いずれも「同じ状況認識や判断基準をそろえる」イメージで、TMSの「それぞれの専門知見を持ち寄る」とは対照的です。

TMSは、この共有メンタルモデルとは並列する、別種の集団認知です。全員が同じ知識を重ねる(重なり=共有)のではなく、各人が専門を分担して異なる知識を持ち、「誰が何を知っているか」というメタ知識だけを共有する(分布=分散)点に本質があります。したがってTMSは共有メンタルモデルの一部ではなく、"重なり"と"分担"という異なる原理に立つ、対の概念として理解するのが正確です。

認知的相互依存(Cognitive Interdependence)は、「自分の記憶や思考を他者に依存している状態」を指す、より基盤的な概念です。TMSは、この相互依存が「誰が何の専門か」という形で体系化・役割分担された形態と言えます。

集団認知(Group Cognition)は、集団全体をひとつの認知のまとまりとみなす広い包括概念で、TMS・共有メンタルモデル・集団的意思決定などを含みます。

トランザクティブメモリー(TMS)

共有/チームメンタルモデル(SMM≒TMM)

認知的相互依存

集団認知

位置づけ

事業計画に必要な人員数と質を設計

全社・全部門・全職種

中期3〜5年 + 単年度

経営企画 / 人事(戦略)

共有するもの

各部門・各職種の配置と異動を設計

部門・職種単位

単年度

人事(配置)

各人の知識

不足人員を採用でどう充足するか

新卒・中途の採用枠単位

単年度・四半期

人事(採用)

主な効果

情報検索の高速化・専門性の活用

意思決定の同期・誤解の低減・協働の円滑化

記憶負荷の分散

集団的判断の質向上

測定

Lewis 15項目(リッカート尺度

知識構造の類似度・収束度(Pathfinder、コンセプトマップ、一致指標など)

文脈により定量・定性

多様

実務での使い分けポイント

現場での勘所は、「重ねるべきか、分担すべきか」を場面ごとに見極めることです。全員が同じ判断基準・状況認識を持つ必要がある局面(緊急対応、方針の共有、認識のズレが事故につながる作業)では、共有メンタルモデルを高める——つまり同じ状況認識や判断基準をそろえる打ち手が有効です。

一方、専門性を持ち寄って複雑な課題に当たる局面(研究開発、多職種プロジェクト)では、TMSを高める——つまり"誰が何を知っているか"を可視化し、必要なときに最短で専門家にアクセスできる状態をつくる方が効果的です。両者は排他的ではなく、「共有すべき土台」と「分担すべき専門」を切り分けて設計することが、チーム認知のマネジメントの要になります。

トランザクティブメモリーを構成する3つの要素

Lewis(2003)の尺度では、TMSは専門性(Specialization)・信頼性(Credibility)・調整性(Coordination)の3要素で構成されます。これらは相互に関連する次元ですが、本記事では実装の順序として、専門性の可視化→信頼性の醸成→調整性の運用、という積み上げを推奨します。専門性が見えて初めてその信頼性が問われ、両者が揃って初めて調整が活きるためです。

専門性(Specialization)

専門性とは、各メンバーが異なる領域の知識を持ち、その分布がチーム内で認識されている状態です。全員が同じ知識を持つ「均質化」ではなく、意図的な役割分担と可視化が求められます。

実務上は、次の3点で測ります。

  • 誰が何の担当かがメンバー間で一致しているか
  • 異なる領域の知識を持つメンバーで構成されているか
  • 自分の得意分野を持っているという自覚が各人にあるか

専門性が低い組織では「みんなで何でも見る」状態になり、結果として深い知見が育ちにくくなります。

信頼性(Credibility)

信頼性とは、「Aさんが〇〇に詳しいと言うなら、その情報は信じてよい」という相互信頼です。専門性が可視化されていても、その知識源を信頼できなければ、結局自分で調べ直すことになります。

信頼性は、①相手の判断・情報を検証せずに使えるか、②相手が「知らない」と言ったときにそれを受け入れられるか、③実際の成果・意思決定の場で相手の見解が採用されているか、で測ります。信頼性は経験の積み重ねで形成されるため、短期の施策では動かしにくい要素です。

調整性(Coordination)

調整性とは、必要な知識を持つ人にスムーズにアクセスし、認知資源を組み合わせられる状態です。専門性と信頼性が揃っていても、「誰に・いつ・どう聞くか」の運用ルールがなければ機能しません。

調整性は、①打ち合わせや意思決定で無駄な調整コストが発生していないか、②誰に聞けばよいか迷わずに動けているか、③ルール化しなくても自然に情報が流れているか、で測ります。リモート・ハイブリッド環境では、この調整性が最も劣化しやすい要素です。

自社のトランザクティブメモリー成熟度セルフ診断チェックリスト

概念を理解しても、自社の現在地がわからなければ動けません。そこで本記事では、前章で解説した3つの要素(専門性・信頼性・調整性)それぞれについて、実務の場面でよく問題になるポイントをもとに、セルフ診断のためのチェックリストを独自に作成しました。

各項目を「1. 全く当てはまらない/2. あまり当てはまらない/3. やや当てはまる/4. とても当てはまる」の4段階で自チームを評価してみてください。

15項目のセルフ診断シート

【専門性(Specialization)】5項目

  1. 「この領域は誰が詳しいか」と聞かれたとき、メンバー間で答えが概ね一致する
  2. チームは、互いに異なる領域の知識・スキルを持つメンバーで構成されている
  3. 各メンバーが「自分の得意分野はこれだ」という自覚を持ち、周囲にも表明している
  4. 各人の担当領域や過去の経験・実績が、一覧やプロフィールなど誰でも参照できる形になっている
  5. 「全員で何でも見る」のではなく、深く掘り下げる領域が意図的に分担されている

【信頼性(Credibility)】5項目

  1. 専門領域に関する相手の情報・判断を、自分で裏取りし直さずにそのまま仕事に使えている
  2. 相手が「わからない」「知らない」と言ったとき、能力不足の表れではなく正直な情報として受け止められている
  3. 意思決定の場で、担当領域の専門家の見解が実際に反映・採用されている
  4. 「あの人の判断は過去も確かだった」という成功体験が、チーム内に積み重なっている
  5. 専門外のメンバーが結論を先に出すのではなく、まず担当者の見立てを聞く動きが定着している

【調整性(Coordination)】5項目

  1. 「誰に聞くべきか」を確認するためだけの会議・やり取りが、ほとんど発生していない
  2. 新しい課題が生じたとき、迷わず適切な相手に相談できている
  3. 明文化されたルールがなくても、必要な情報が必要な人へ自然に届いている
  4. 部門や拠点をまたぐ場合でも、担当者にたどり着くまでの遅延が小さい
  5. リモート・ハイブリッド環境でも、対面時と大きく変わらないスピードで必要な知識にアクセスできている

スコアの読み方と現在地の判定(目安)

各カテゴリ(5項目)の合計点で、おおよその現在地を捉えます。

カテゴリ合計

状態(目安)

優先アクションの例

17-20点

成熟期

負の側面(特定の人へのアクセス集中等)の回避と、次の成長領域への展開

12-16点

発展期

弱いカテゴリを補強しつつ、取り組みをKPIで定量化

8-11点

立ち上げ期

弱いカテゴリの底上げに集中投資

5-7点

未着手

90日ロードマップの0-30日フェーズから開始

3カテゴリのうち最もスコアの低いカテゴリが、次の投資対象の候補です。本記事が推奨する「専門性の可視化→信頼性の醸成→調整性の運用」の積み上げ順に照らすと、専門性のスコアだけが高く信頼性・調整性が低い場合は、可視化の次のステップ(信頼を育てる運用)に課題がある可能性があります。

なお、本チェックリストは、TMSを構成する3要素(専門性・信頼性・調整性)の考え方を参考に、本記事が実務での自己点検用に独自に作成したものです。Lewis(2003)の尺度など学術的に開発された測定尺度の翻訳・転載ではなく、信頼性・妥当性の学術的な検証も行われていません。診断結果は組織の状態を厳密に測定するものではなく、チーム内の対話や課題発見のきっかけとしてご活用ください。研究目的や厳密な組織診断が必要な場合は、原典の尺度を正規の手続きで入手・利用することをおすすめします。

トランザクティブメモリーを高める90日ロードマップ

診断で現在地を把握したら、90日で「専門性の可視化→信頼性の醸成→調整性の運用」を順に積み上げます。各フェーズは30日単位、週次でアクションを設計します。

0-30日:専門性の可視化

最初の30日は「誰が何を知っているか」を組織のなかに見える形で置くフェーズです。ここを飛ばして調整性の運用ルールから始めても、参照先がない状態では機能しません。

  • Week 1:専門性の高いメンバーのスキル・経歴・過去プロジェクトを棚卸し(自己申告ベース)
  • Week 2:棚卸し結果を管理職・他メンバーがレビュー(自認と他者評価のギャップ確認)
  • Week 3:「Who knows What」一覧を検索可能な形(Wiki・LMS(学習管理システム)等)で公開
  • Week 4:実際に「誰に聞けばよいか」で運用テスト(3-5ケースで検証)

このフェーズで重要なのは、粒度を揃えることです。「マーケティングに詳しい」ではなく「B2B SaaSのオンボーディング設計に詳しい」レベルまで具体化して初めて、探せる情報になります。

31-60日:信頼性の醸成

専門性が可視化されても、「本当にこの人に聞いていいのか」の信頼がなければアクセスは生まれません。信頼性は経験の蓄積で形成されるため、意図的な接点設計が必要です。

  • Week 5-6:部門横断の勉強会・ケース共有会を月1回設定(専門家がプレゼン → 質疑応答)
  • Week 7:意思決定の場で、担当領域の専門家を明示的に呼ぶルールを試行
  • Week 8:「〇〇さんに聞いて解決したケース」を月次で共有(信頼性のエビデンス蓄積)

このフェーズの落とし穴は「勉強会が形骸化する」ことです。単なる情報発信ではなく、実務での意思決定に専門家の見解が使われた実績を可視化することが信頼性を育てます。

61-90日:調整性の運用定着

最後の30日は、専門性と信頼性を日常業務のなかで自然に機能させるフェーズです。ルールで縛るのではなく、動線として自然になることを狙います。

  • Week 9:主要な業務プロセス(問い合わせ対応・企画立案・トラブル対応)で「誰に聞くか」を明文化
  • Week 10:リモート環境下での連絡ルール整備(チャットツールのチャンネル設計、質問先の可視化)
  • Week 11:情報アクセスが集中している人・領域を特定し、負荷分散策を実施
  • Week 12:90日全体をKPIで振り返り、次の90日サイクルを設計

「ルール化しなくても自然に情報が流れる」状態がゴールです。運用開始から90日を終えても自然な動線ができない場合は、信頼性フェーズが未成熟な可能性が高いため、31-60日のアクションに戻って補強します。

トランザクティブメモリーの負の側面と回避策

「専門性を可視化しすぎると、逆に『あの人に聞けばいい』でアクセスが集中したり、育成が止まったりしないか」という懸念は正当です。TMSには構造的に4つの副作用があり、事前に回避策を組み込む必要があります。

起きやすい4つの負の副作用

第一にアクセス集中です。特定の専門家に問い合わせが集まり、その人の業務時間を圧迫します。第二に情報源の固定化です。「〇〇はAさん」と決まると、他の社員が同じ領域で成長する機会が失われます。第三に創造性の低下です。既存の担当領域内でしか思考しなくなり、越境的な発想が生まれにくくなります。第四に育成阻害です。若手が「専門外だから」と挑戦を避けるようになります。

副作用×回避策の対応表

副作用

起こる兆候

回避策

実施ルール例

アクセス集中

特定の担当者に問い合わせが週10件以上

セカンド担当者の設定・回答の型化

各領域に副担当を必ず配置

情報源の固定化

1年以上同じ担当構成

意図的ローテーション

半期ごとに副担当と正担当を交代検討

創造性の低下

部門横断アイデアの減少

越境学習・他流試合

四半期に1回、他部門ワークショップ

育成阻害

若手の担当領域が固定化

シャドウイング制度

若手が専門外の会議に月1回同席

これらの回避策は、「Who knows What」の可視化と同時に設計することが重要です。可視化してから副作用に対処するのでは、既に組織学習が停滞し始めています。

トランザクティブメモリーの成果をどう測るか

「TMSを高めた結果を経営層に説明するためのKPI・成果指標が設計できない」という悩みは、多くの人事担当者が抱えています。定性的な「情報共有がよくなった」では稟議が通りません。ここでは4つの定量KPIと測定サイクルを提示します。

KPI設計の4指標

KPI

定義

測定方法

目標水準の例

情報検索時間

業務上必要な情報にたどり着くまでの平均時間

週次アンケート(直近5件の平均)

施策前比 △30%

意思決定リードタイム

論点提起から意思決定までの日数

主要議題を月次追跡

施策前比 △25%

引継ぎ工数

退職・異動時の引継ぎに要する工数(人日)

引継ぎ完了時に記録

施策前比 △40%

内製率

外部照会せずに社内で完結した案件比率

案件管理システムから抽出

施策前比 +15pt

3か月後測定の考え方

TMSを高める施策を実施しても、その効果は施策直後には現れません。施策実施の3か月後を基本測定点とし、以下のサイクルで運用します。

  • 開始時(0日):4指標のベースライン測定
  • 90日:中間測定・定性フィードバック収集
  • 180日:本測定・KPI変動分析
  • 270日:継続効果の確認・次サイクル設計

経営層への説明では、「情報検索時間の30%削減 = 1人あたり週2時間の生産性向上 = 100名で年間約1万時間の創出」といった時間換算での翻訳が有効です。

人材育成の効果測定について詳しくは以下の記事をご参照ください。

トランザクティブメモリーを組織に根付かせた事例

サービス業の企業で全社員を対象に実施した「Who knows What」の浸透プロジェクトを紹介します。LMSでの解説動画・全体会議での専門領域紹介・質問チャットの運用・トップメッセージという4つの打ち手で、専門性の可視化と信頼性の醸成を同時に進めた事例です。

サービス業における「Who knows What」運用事例

規模・対象者

サービス業において、管理職層を含む全社員を対象に、組織全体で「誰が何を知っているか」を共有・運用する仕組みづくりを行いました。

課題

熟達者が持つ専門知識が個人のなかに閉じており、他の社員がその存在や中身を把握できていない状態でした。案件が発生するたびに「誰に相談すべきか」が現場任せとなり、若手ほど熟達者にたどり着くまでに時間を要していました。専門性が組織資産として活用されず、案件品質と提供価値のバラつきが発生していました。

実施した施策

TMSの3要素(専門性・信頼性・調整性)をLMSと日常業務の場に同時に埋め込む設計としました。第一に、LMSを活用し、熟達者本人が自らの専門領域についてわかりやすく解説する動画コンテンツを制作、全社員が視聴・検索できる形で公開しました。第二に、全体会議やキックオフの場において、熟達者が自身の専門領域を数分で紹介する時間を設定し、対面での認知形成を並行させました。第三に、社内チャットに質問チャンネルを開設し、誰でも気軽に質問を投げられ、熟達者から回答を得られる運用としました。第四に、経営トップから「専門分野を深掘りした熟達を推奨する」全社メッセージを継続発信し、専門家が称賛される文化醸成を進めました。

成果

社内の質問チャットが1日10件以上飛び交う状態が当たり前となり、月あたり全社員が1件以上の問い合わせを行う状態にまで運用が定着しました。「この分野は誰に聞けばよいか」が全社員に共有され、案件ごとに熟達者が自然に支援に入る雰囲気が組織文化として根付いています。顧客への提供価値の向上を通じて、案件単価の増加という事業成果にもつながっています。

設計のポイント

LMS動画による「専門性の可視化」と、質問チャットでの「調整性の運用」を同時に走らせつつ、トップメッセージで「専門家が称賛される文化」をつくったことが、この設計の要点です。4つの打ち手を、可視化(LMS動画)・動線(会議での紹介と質問チャット)・文化(トップメッセージ)の3層として設計したことで、「Who knows What」を運用の場に乗せることに成功しました。

まとめ

TMSは、「全員が同じ情報を持つ」のではなく「誰が何を知っているかを組織で共有する」という発想です。3要素(専門性・信頼性・調整性)を積み上げ、90日ロードマップで運用に乗せ、KPIで定量化することで、属人化解消と組織学習の両立が可能になります。

一方で、可視化と同時に副作用(アクセス集中・情報源固定化・創造性低下・育成阻害)への回避策を組み込まなければ、逆効果になるリスクもあります。自社の現在地をセルフ診断で把握し、最もスコアの低いカテゴリから優先的に投資することが、遠回りを避ける進め方になります。

「スキルマップを作っても形骸化する」「ナレッジツールを入れても活用されない」という状態から抜け出すには、ツール導入ではなく組織の認知状態そのものを設計する視点が必要です。設計に不安がある場合は、成果測定を含めた組織開発の相談を検討してみてください。

よくある質問(FAQ)

Q

トランザクティブメモリーとナレッジマネジメント(SECI等)は何が違いますか?

A

ナレッジマネジメントは「知識そのものの獲得・共有・活用」に焦点を当てる広い概念で、SECIモデルは暗黙知と形式知の変換プロセスを扱います。一方TMSは、そのなかでも特に「誰が何を知っているかというメタ知識の分散共有」に絞った概念です。SECIの共同化・表出化フェーズがTMS構築に重なると理解すると整理しやすくなります。

Q

リモート・ハイブリッド環境でのTMS構築は難しいですか?

A

難しくなる要素と、むしろ有利になる要素の両方があります。偶発的な会話が減るため信頼性の醸成には工夫が必要ですが、Wiki・社内SNS・LMSでの「Who knows What」の可視化はリモートのほうが徹底しやすい面もあります。3要素のうち「調整性」の運用ルール設計に特に投資することが重要です。

Q

スキルマップとの違いは何ですか?

A

スキルマップは「専門性の可視化」というTMSの1要素をカバーしますが、それだけでは信頼性と調整性は生まれません。「作って終わり」で形骸化するスキルマップは多くの場合、信頼性・調整性の設計が抜けています。TMSの3要素セットで考えると、スキルマップは出発点であって到達点ではないと位置づけられます。

Q

どの規模の組織から効果が出ますか?

A

10-20名程度の小規模チームでは、日常会話で自然にTMSが成立しているケースが多く、明示的な施策の効果は限定的です。50名を超えると偶発的な認知共有では追いつかなくなり、意識的な設計の効果が出始めます。500名以上の規模では、部門・拠点をまたぐTMS設計が経営インパクトに直結します。

アルー株式会社
アルー株式会社
20年以上、企業向けに人材育成コンサルティングや研修を提供してきた。新入社員・管理職といった階層別研修や、海外駐在員やグローバルリーダーなどのグローバル人材育成、DX人材育成に強みを持つ。その実績は取引企業総数1400社以上、海外現地法人取引社数400社以上に及ぶ。京都大学経営管理大学院との産学連携など、独自の研究活動も精力的に行っている。

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