
左から、アルー 中村、三菱商事 篠﨑様、ヒューマンリンク 佐川様
三菱商事株式会社では、管理職向け研修体系を見直し、新たに「MCリーダーシッププログラム」を立ち上げました。その中でアルー株式会社は、新任で役職が変わるタイミングではない、一定のマネジメント経験を持つ選抜管理職層を対象とした「middle」向けプログラムを支援しました。本記事では、その導入背景や対象層に対する狙い、プログラム設計の特徴、そして実践を通じて見えてきた変化について、三菱商事の篠﨑様とヒューマンリンクの佐川様に伺いました。
篠﨑 様
三菱商事株式会社
人事部
三菱商事人事部よりヒューマンリンクMC人材開発事業部へ出向し、三菱商事のマネジメント層向け研修プログラムの企画・運営を担うチームを統括。三菱商事社員の人材育成及び能力開発施策の検討、推進を担っている。
佐川 様
ヒューマンリンク株式会社
人材・組織開発本部 MC 人材開発事業部
ヒューマンリンクMC人材開発事業部に所属し、三菱商事の若手層及びマネジメント層向け研修プログラムの企画・運営を担っており、今回のMCリーダーシッププログラムmiddleでは主担当を務めた。ヒューマンリンクは三菱商事の100%子会社であり、三菱商事グループ各社をはじめとする顧客向けに、人事ソリューション・サービスプロバイダーとして、各種コンサルティングから実務オペレーションまで受託。MC人材開発事業部では、三菱商事向けに人材育成及び組織開発施策の企画・運営を実施。
中村 俊介
アルー株式会社
ソリューション本部長 エグゼクティブコンサルタント
東京大学文学部社会心理学専修課程卒。大手損害保険会社を経て創業初期のアルー株式会社に入社し、営業マネージャー、納品責任者、インド現地法人代表などを歴任。
京都大学経営管理大学院「パラドキシカル・リーダーシップ産学共同講座」の創設を主導し、客員准教授として教鞭をとった。現在はソリューション本部の責任者を務めるほか、エグゼクティブコンサルタントとして様々な企業のリーダー育成を手掛けている。
共監訳:『両立思考 「二者択一」の思考を手放し、多様な価値を実現するパラドキシカルリーダーシップ』(JMAM)
※本文内、敬称略
―管理職研修を新たに体系化された背景・課題意識についてお聞かせください
篠﨑 2024年度までは、マネジメント層向け研修プログラムのラインナップが少ない状況でした。一方で、外部環境としてはVUCAやBANIと表現されるように将来予測の難易度が増しており、内部環境としても事業内容や採用手法の多様化により組織の多様性も増していく中で、リーダーには、より高度なマネジメントスキルやリーダーシップの発揮が求められるようになってきています。そのため、管理職になったタイミングで一度学んで終わりではなく、事業経営、組織運営にあたるリーダーのスキルを常にアップデートしていかなければいけない、という課題意識がありました。そこで、2025年度に「MCリーダーシッププログラム」を新設し、「first」「middle」「executive」の3層で体系化しました。
―研修体系の中でのmiddleの位置づけや狙い、受講者への課題意識について教えてください
篠﨑 firstは、事業会社への出向時に管理職になるタイミングも含めて、初めて管理職になった社員向け、executiveは管理職の中でもより高度な経営職務に就く社員向けです。その間にあるmiddleは、管理職として一定期間の経験を積み、今後より大きな組織を率いることを見据えた社員を対象にしています。彼らは管理職としての様々な経験を通じて、自分のリーダーシップスタイルが確立されつつある社員ですが、今後より高度な経営職務を担ってほしいという期待から考えると、単純にこれまでの延長線上でリーダーシップを発揮していけば良いというフェーズでもなくなっています。これは決してこれまでのスタイルを否定するものではなく、これまでのスタイルだけではうまくいかない場面が当然想定されうるので、自分の軸を持ちながらも、複数のリーダーシップスタイルを使い分ける発想を身につけて、実践してほしいと考えるものです。
佐川 例えば、今後より大きな組織を率いていく中で、自ら指示命令し、率先垂範するスタイルでのマネジメントを得意とする方も、そのスタイルを貫くだけではうまくいかず、逆にメンバーのエンゲージメントが下がってしまう場面に遭遇する可能性もあるかと思います。だからこそmiddleの段階で、シチュエーションに応じてリーダーシップを使い分けることを学んでほしいという狙いがありました。
中村 そもそも、貴社のように社会的な注目度も高く、多くの関係者がいるような大規模プロジェクトを担う企業においては、率先垂範して組織・関係者を引っ張る強力なリーダーシップが不可欠になる場面は多くあります。その結果として、そういった特定のリーダーシップスタイル偏重となりやすい側面もあると感じています。そのような状況でどうしたらそれ以外のスタイルの取り入れを自分事にしていただけるかが企画において難しいポイントでした。
そのために、複数のリーダーシップスタイルが必要になるシチュエーションを自分事にしていただくプロセスを設計することで自身の選択として新たなスタイルの取り入れに踏み出していただくことや、スタイルの取り入れは適応課題であり、その過程には喪失感や痛みを伴うのが当たり前であるということを伝えて、やらない理由が自分の中に生まれそうな状況に前向きに向き合えるような雰囲気づくりを心掛けました。
篠﨑 そうですね。その点はとてもうまく設計していただきました。振り返ると、middleの対象者は、マネジメントとして大小様々な成功体験も失敗体験も経験している層であり、スタイルを広げることの重要性を謳ったメッセージが刺さる良いタイミングだったなと感じています。

―プログラム終了時に「大きな行動変容が起きた」という評価をいただきました。その点についてもう少し詳しくお聞かせください
篠﨑 受講者の行動変容につながった背景には、middle実施日にインプットを受けて終わりではなく、middleで得たことを実際に現場でやってみて、うまくいったこともうまくいかなかったことも含めて振り返り、さらにコーチングを通じて内省し、次のmiddle実施日を迎え、受講者同士で振り返りを共有し、また新たなインプットを受ける、という一連のサイクルが複数回あったことだと思います。要すれば、middleの設計自体が、単なる知識の習得ではなく、意識変容や行動変容につながる仕組みになっていました。実際に、事務局として受講者同士の振り返りワークを傍から聞いていると、「やってみたからこそ出てくる悩み」や「思っていたものと違う反応が返ってきた」といった、リアルな声が多く聞かれました。
中村 例えば、熱くビジョンを語ったりしたら自分のキャラではないので引かれるかもしれないと思っていたが、やってみたら思ったより反応が良くて、「自分もそう思っていた」と言ってもらえたとか、思い切って権限委譲してみたら部下の「意外とできること」と「意外とできないこと」の両方を見つけたとか、そういう声が出ていましたよね。
篠﨑 ありましたね。実際、「今までの自分なら選ばなかったやり方だけど、やってみたら意外に手応えがあった」「これまでは『どうせやっても変わらない』と思っていたが、やってみたら意外に反応があり、『もう一度やってみよう』と思えるようになった」といった変化も語られていました。単に前向きになったというより、やってみた結果として、自分の思い込みが少し揺らいだ、という変化だったように感じています。
中村 これまでの自分の型から少し外れるような行動に、実際に踏み出していたのが印象的でした。
篠﨑 firstの段階では、まだ自分の中のインサイドアウトが比較的強く出ていた人も、マネジメントとして上司、部下、他組織の間に入る経験を重ねる中で、自然と「組織を円滑に回すこと」に重きを置く傾向が強くなります。だからこそmiddleでは、知識が増えたというより、日々の業務の中でどうしても置き去りになりがちな「自分らしいリーダーシップの源泉」にもう一度触れ直し、“埃を払う”ように取り戻していく変化が起きていたことが印象的でした。

―プログラムの中で効果的だったアプローチについて教えてください
佐川 特に良かったのは、前半でしっかりとインサイドアウトを扱ったことです。自分の価値観や源泉を言語化し、そのうえで適応課題の考え方やリーダーシップスタイルを学んでいく流れだったので、受講者も自然に自分事として受け止めやすかったと思います。普段はなかなか立ち止まらない、自分の価値観や動機に向き合う機会になっていました。
篠﨑 また、冒頭で「この研修プログラムにおけるリーダーシップとは何か」という定義をビジュアルも含めて共有できたことも大きかったです。リーダーシップの捉え方は様々なので、明確な定義というものが存在しないと私は理解しているのですが、この研修では課長レベルの管理職から部長以上のシニアな管理職になっていくうえで求められるリーダーの役割である「コンフォートゾーンの外に旗を立てて、そこに連れていく」というイメージを、スライドで繰り返し出していただいていました。リーダーシップスタイルの使い分けは、あくまで旗に向けて連れていくやり方の選択肢であるという整理ですね。これをビジュアルで共有していただいたことで、「今日ここで言っているリーダーシップというのはこういうことなんだ」という共通言語を持ったうえで、全員がプログラムに臨めたのは結構大きかったのではないかと思っています。
【補足】
リーダーの役割は「自身の想いを起点に、コンフォートゾーンの外に『旗』を立て、組織を連れていくこと」
この役割イメージを研修の最初から伝えたことで、受講者の変化につながった
―他にも効果的だったアプローチはありますか?
佐川 「先輩リーダー対談セッション」が大きかったと思っています。最初に、三菱商事の中でいろいろなリーダーシップスタイルを持った方の話を聞いたことで、受講者にとってよりリアルに感じられたというか、きれいごとではなくなったところがあるのかなと捉えています。
中村 アルーとしても、このセッションは象徴的だったと感じています。概念として聞くと抽象的になりやすいテーマでも、実際に体現している方の語りや立ち居振る舞いに触れると、一気に具体性が出てきます。手前味噌ですが、事前に先輩リーダーにインタビューをさせていただいて、どのような構成で問いを立てれば受講者の学びにつながるかということをデザインさせていただいたのが、アルーとして貢献できた部分だったのではないかと思っています。
篠﨑 その点はありがたかったです。またアンケートでも、「話している内容も然ることながら、先輩社員の立ち居振る舞いから学べることも多かった」というコメントが出ていました。リーダーとしてだけでなく、人としての在り姿が感じられた対談セッションであったからこそ出てきたコメントだと受け止めています。
【補足】
「将来のリーダーとしての景色を想像する:先輩リーダー対談セッション」
将来のリーダー像を具体的に思い描くために、第一線で活躍する先輩社員の実体験に触れ、状況に応じたリーダーシップの使い分けをリアルに学ぶ対話型セッション
―他にはありますか?
佐川 「ニーズカード」を使ったワークを初日に行ったことで、場がほぐれ、受講者同士で会話が生まれました。そこで内省が深まっていく入口になったと思いますし、メンタルモデルの言語化や、自分の価値や源泉がどこにあるのかを見つめるきっかけにもなったと思います。
中村 ニーズカードは、NVC(Nonviolent Communication 非暴力コミュニケーション)という、1970年代に、米国の臨床心理学者であるマーシャル・B・ローゼンバーグ氏によって体系化されたコミュニケーション手法で用いられる、人間が共通して持つ「大切にしたい願い(ニーズ)」を可視化したものですね。自分では気づいていなかった価値観や大切にしていることを、他者とのやり取りの中で見つけていく時間になっていました。
篠﨑 最初に自分の内面を言語化できたからこそ、その後に様々なスタイルを取り入れる場面でも、「自分らしさを失う」のではなく、「自分の軸を持ったまま幅を広げる」という形で受け止められたのだと思います。
このワークは「蓋をせずにしっかりと言語化できた」ことに意味がありました。普段は表に出していない、自分が大事にしてきたこと、誇りに思ってきたことを話してみる。その時間があったからこそ、その後の学びも“借り物”ではなく、自分の言葉として受け止められたのだと思います。

―アルーを選んだ理由を教えてください
篠﨑 まず、アルーの提案内容が成人発達理論をベースとしていて、非常に納得感がありました。加えて、三菱商事の社員の特徴や、こちらがなぜこういう要望をしているのかという背景まで深く理解したうえで提案していただけたので、とても安心感がありました。
さらに、ワークショップだけでなく、質の高いコーチングをセットで提供していただける点も大きかったです。コーチングはどうしても質の差が出やすいところですが、社員の特徴を踏まえてコーチを選定いただきましたし、いきなりコーチングに入るのではなく、その前のワークショップでコーチングに向けた目的設定や対話をしていただく設計をご提案いただいたので、そこも含めて安心して任せられると感じました。
―今回の研修を経て、今後この取り組みをどのように発展させていきたいですか?
篠﨑 すでにご相談させていただいておりますが、まずはこのプログラムの対象人数を倍増させたいと考えています。昨年の実施で意識変容や行動変容につながった人たちが多くいましたが、この経験をした人が増えることで、リーダーシップスタイルの引き出しを増やすことや、インサイドアウトや適応課題といった考え方が社内の共通言語として広がっていくことを期待しています。
中村 アルーとしてご一緒する中でも、これまでの経験の中でいったん眠らせていたものや、埃をかぶっていたものをもう一度見つけ直すことには、大きな意味があると感じました。だからこそ、より多くの方々にご自身のメンタルモデルを振り返り、見つめ直す機会を持てるよう、私たちとしてもご支援できたらと思っています。
篠﨑 個人的には「人間味」のある人を増やしていきたいと思っています。「人間力」というと少しコンピテンシーのように聞こえてしまうのですが、能力として磨くというよりもにじみ出るその人らしさがこれからの時代より大事になる気がしていまして。貴社のインサイドアウトはこの「人間味」に通じる部分があるようにも感じています。
中村 人間味、いい言葉ですね!当社のプログラムも「人間味」に変えようかな(笑)本日は貴重なお話、誠にありがとうございました!