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インストラクショナルデザインとは何か~企業研修における人気講師の再考


目次[非表示]

  1. 1.インストラクショナルデザインとは、効果的な研修を設計・開発するための理論
  2. 2.インストラクショナルデザインにおける研修観察(オブザーブ)のあり方
  3. 3.インストラクショナルデザインから考える研修効果と研修講師の関係性
  4. 4.人気の研修講師はなぜ人気なのか?


研修において講師は、不可避な存在であり、研修の成否のカギを握ると言っても過言ではないだろう。そのため、企業の研修担当者は人気講師の派遣を希望する。

今回のコラムでは、人気講師(※注1)についてインストラクショナルデザイン(以下、ID)と産業人教育に長くかかわる筆者の経験を基に再考してみようと思う。


インストラクショナルデザインとは、効果的な研修を設計・開発するための理論

筆者が専門とするインストラクショナルデザイン(以下、ID)は、効果的な研修を設計・開発するための理論である。

組織内で発生している課題を分析し、教育ニーズを探り出し、課題解決のために組織構成員の能力開発を効率的に行う研修を企画・開発・実施するための考え方と方法の体系である。

効果的な研修を開発する理論であるにも関わらず、最初から効果を十分に担保できる研修を企画&開発することは無理という思想を根底に持っている。この点を筆者は、IDのユニークな特徴だと捉えている。

一度では効果的な研修を開発・実施できないという思想は、研修開発の手順に特徴として表れている。

教材製作の前に、研修の良し悪しを判断するための「評価テスト」を開発するのがIDの定石である。

学習者の学習目標到達度判定のために、あるいは研修の要所要所で進捗状況の適切性判断を行うのである。

IDでは、学習者からの情報だけでなく、「研修講師の自己評価」も貴重な情報として収集する。

あの時もう少し時間を割いて説明すればよかったのに、説明で用いた事例は今回の学習者には難しすぎたかもしれない、ホワイトボードの使い方がまだ不十分だ、等々の問題点と共に改善の方向性を講師自身の自己評価から掴むことができる。

上記以外には、研修企画者が教室内に入り込み、講師の進め方や対応、学習者の反応や言動、演習への参画具合、あるいは教室内の雰囲気等々を直接的に把握する「研修観察」がある。

一般に研修オブザーブと呼ばれる方法である。慣れ親しんだ方法ではあるが、正しく研修観察を行なえている方に出会うことは稀といえる。

研修観察


インストラクショナルデザインにおける研修観察(オブザーブ)のあり方

研修観察と似た方法ながら、研修観察が満たすべき諸要件や手続きを省略して実施されるやり方を、筆者は「研修見学」と呼び、一線を画している


研修観察と研修見学の実施目的を対比し、その違いを確認していこう。


研修観察の主要目的は「企画者が設計した通りに研修が進行され、各パーツが充分に機能し、期待通りの学習支援活動が実施されているかをチェックする。そうでない場合、機能低下箇所や問題現象、あるいは原因と思われる事象を事実ベースで具体的に記録すること」である。

次に研修見学の目的は「研修で何が行われているかを大雑把に理解する。あるいは研修で問題やトラブルが発生していないかを感覚的に把握する」ことといえるだろう。


目的から判断して研修見学には、専門的スキルや周到な事前準備活動は必要とされない。時間をつくり教室内に入り、全体の雰囲気を肌で感じてくれば良いのである。

それと大きく異なるのが、研修観察である。研修観察者は観察対象となる研修テーマ、学習目標、学習者の能力レベルや属性等を知っていることが前提となる。

そればかりか、研修がどのような順番で展開され、講義の重要ポイント、演習の狙いや進め方、所要時間など学習活動全体を理解している必要がある。

研修の進行を詳細に理解しているから、「イメージした展開と異なる」「学習者の反応は期待レベルではない」「事例の持ち出し方や使い方に長けた講師である」等々の研修での発生事象を正確に把握しながら、研修全体について合理的な分析と判断が可能になる。

当然、そのためには、研修の設計図を詳細にチェックし、教材内容や研修のレッスンプラン(レッスンシナリオ)を熟知するための周到な事前準備が欠かせない。

また同時に、効果的な研修だと判断するための特徴や重要点、その背景理論や専門知識を有していることが必要である。


研修観察と研修見学の違いは、ある競技に対し、厳密なルールに則り判定を下す審査員として参加するのか、その場を楽しみながら、競技者が最高のパフォーマンスを発揮できるよう声援を送る一ファンとして参加するのか程の違いがある。

最初から良い研修を提供できないという思想は、データを収集し、良い研修へと改良するというアプローチを採る。しかし、研修の良否判定や改善へのアプローチに厳格性を求めるのがIDなのである。


インストラクショナルデザインから考える研修効果と研修講師の関係性

では次に、さらに一歩踏み込んで「研修効果」と「研修講師」の議論を進めよう。


IDでは研修の成功を「研修の盛り上り度合」「学習内容の分かりやすさ」「スムーズな進行」あるいは「時間通りの終了」という成果で判断しない。これらの成果は、研修成功の一要素ではあるが、本質と捉えない。IDは完全習得学習(※注2)の精神を内在する。よって、「学習者の学習目標到達状態」を基準とする。研修終了時の学習者の能力開発状態を判断し、学習者全員の能力が学習目標に達していれば成功と考えるのである。


研修講師については学校教員との比較によって、その相違性から、その役割や立場、期待を整理していこう。

最初は「資格基準」である。教員は、文科省が行う教員資格試験に合格し教育職員免許状を有することが必須である。反面、研修講師はそのような公の資格は必要としない。

次に「期待される能力や資質」の相違は、どうだろうか。教員資格試験の内容や我々の学生時代の経験を基に推論してみよう。教員は学生の人格形成に大きな影響を与える。そのため、学生への強い教育的愛情、教育への使命感という資質が期待され、資格試験や生活指導という観点から評価される。また授業提供者の立場として、授業設計能力や実践的指導技術、教科に対する専門知識も同時に期待されている。では、研修講師はどうだろうか。実践的指導技術がいの一番に挙げられるだろう。なかでも、研修担当者が狙う学習課題や能力テーマに関しては大いに期待されるところである。様々な思惑を持つ経験豊かな企業人たちが集う1回限りの共同学習の場が研修である。そのような場のハンドリングは、経験値の乏しい世間知らずでは歯が立たない。

次に期待される能力は、場の運営能力といえるだろう。しかし、教員とは違い学習者への深い愛情や使命感は、それほど期待されずビジネスマンとしての常識を有していれば十分といえるだろう。

3点目に「学習者と共に過ごす時間」はどうだろうか。教員の大切な役割の一つが学生の人格形成への寄与である。そのため、クラスというコミュニティでの振舞いを観察し、家庭訪問を通じて彼らの過ごす生活環境を確認し、価値観や癖を理解し、一人一人の学習状況に照らした指導を行う。将来を見据え、場合によっては嫌われることを承知で、苦言を呈すこともいとわない。それは学生一人一人と長い時間を共に過ごし、向き合い、培われた豊かな関係性の中で成り立つ行為である。しかし研修講師と学習者は刹那の一期一会でしかない。そこでは講師の有する専門知識やスキルの効率的伝達が期待の範囲であろう。残念ながら、師弟と呼ぶ深い関係性を育むことを期待されてはいない。

最後に「職業の安定性」を検討しよう。2007年6月の改正教育職員免許法の成立により、2009年4月より教員免許更新制が導入された。それによって教員は10年ごとの免許更新が必要となったが、重篤な失敗を犯さない限り免許剥奪は発生せず、比較的安定した職業といえる。生涯を教員としてその職を全うされる方々が多い。反面、研修講師は資格や定年は存在せず、人気さえ上がれば稼ぎも天井知らずの職業である。しかし、依頼がなければただの自由人でしかなく、オファーを待つ芸能人やタレントと同じ人気商売であり、産業人教育業界で生計を立てる事業者なのである。


以上の議論を整理すると研修講師とは、「百戦錬磨の企業人たちに必要情報を効率よく伝え、その提供の巧拙や関係者との人間関係と自身の才覚でオファーを勝ち取り、産業人教育業界で生計をたてる事業者である」といえるだろう。

研修観察


人気の研修講師はなぜ人気なのか?

では、最後に「研修講師の人気の要素、人気を下げる要素」を検討しよう。

人気要素や不人気要素は研修に関わる各関係者の立場により微妙に異なる。そのため、研修講師に直接指導を受ける「学習者」、研修を発注する「研修担当者」、講師をマネージする「研修会社の営業パーソン」の各立場から議論していこう。


学習者が挙げる人気要素として「指示や説明のわかりやすさ」「話の聞き取りやすさ」「的確な質問回答」「肯定的でオープンな態度」などが挙げられるだろう。

逆に人気を下げる要素は「突っ込んだ切り返し」「理詰めの質問」「あいまいさを許さない対応」といった「厳しい対応や態度」である。もし、それらを行ってしまったら、場は凍りつき、学習者からの評価は一気に低下する。人間心理に長けた講師が、そのような振舞いを避けるのは当然といえるだろう。たとえ学習者の発言や回答が的外れでも、決して否定せず「そのような考え方もありますね」とむしろ肯定態度で受け流す。しかし、回答の不完全性を是正するための時間やエネルギーを割くことはない。それらの行為は、自身の評判を下げることを十分承知しているからである。


では、研修企画担当者から見た人気要素は「場のハンドリングの上手さ」「要望を聞き入れる寛容さ」「時間厳守の進行技術の高さ」などが挙げられるだろう。様々な思惑や動機を持った学習者が研修に参加する。たとえ短い期間であっても、場を上手に制御する技量は、大いに期待されて当然である。また日々忙しく多くの業務を抱える研修担当者にとっては、些細なことに手を煩わせたくないという思いは当たり前であろう。イエスマンでは頼りなさを感じるが、柔軟に対応してくれる講師は有難いものである。

逆に人気を下げる要素は、「研修担当者の立場を擁護しない行為」といえるだろう。たとえ研修成果の未達原因が研修担当者のミス(不十分なニーズ調査、企画内容の非論理性、提供方法の誤選択など)であったとしても、それらをあから様に指摘されるのは、企業組織の政治力学の中で業務する担当者にとっては致命傷である。投入時間の不足、学習者の前提能力不足等の他の事柄に言及し、研修成果の未達状態を上手に正当化してくれる講師への依存やリピートは必然的に高くなる。


最後に、営業パーソンの立場から人気要素を検討してみよう。彼らにとって有難い講師は、受注のために柔軟に対応してくれる講師である。自身の得意分野に固執することなく「幅広いテーマにそつなく対応する柔軟性」が挙げられる。筆者の教育営業時代の経験や現役営業パーソンから聞く研修担当者の無理難題には、未だに驚かされるばかりである。一夜漬け勉強であっても対応してくれる器用な講師は、とても心強いパートナーになる。人気要素として「対応テーマの柔軟さ」「クライアント要望への対応の器用さ」が挙げられるだろう。

逆に人気を落とす要素は、「専門性の深さとそれへの固執」といえるだろう。専門テーマを深く追求すればするほど、期待される学習成果は容易に獲得できないことが理解できるようになる。また実現方法も研修という方法では、到底無理なことが正確に判断でき、依頼を拒否する場合も少なからず発生する。

しかし、営業パーソンや研修担当者は、講師が躊躇する意図を正しく理解できない。否の判断は、「専門的」「倫理的」「現実的」観点による合理性ではなく、偏屈性や柔軟性の欠如の表れだと彼らは判断してしまう。


以上の議論を整理すると人気の講師が人気者である所以は、計画された学習内容を手順に則り実施し、学習者を学習目標に到達させるための支援の巧さという領域だけではない。それ以外の領域の要素が多くを占めることが理解できる。事実、研修企画や運営の現場では、多くの矛盾や不備が内在したまま実行される。本来なら、企画者、開発者らの知恵を結集し科学的に対処しなければならないはずの問題を、講師個人の力量で乗り切るよう押し付けられている。残念なことに、我が国では、研修が科学性を持たないイベントとして実施されるという証左が至る所に散見される

研修に科学性が乏しい故に、本来、果たさなければならない「学習者の学習支援」という重大な役割を講師に放棄させ、研修関係者からの人気獲得という周辺活動に集中せざるを得ない状況を作りだしている。

人気講師とは、現在の産業人教育業界で生き残るために関係者との関係性構築にフォーカスし、その振舞いに長けた方々なのではないだろうか。



(注1)著名人や大学教授などに代表される個人ブランドや専門性をアドバンテージに活躍し、高額講演料を獲得する方々を議論の対象としていない。研修会社を通じて派遣されるインストラクターの方々で、教育会社や派遣先企業から比較的リピート依頼を受ける方々を称し、人気講師と表現し、それを議論の対象とする。


(注2)キャロルの時間モデル「出来不出来の差は、学習者個人の資質ではなく、学習に必要な時間をかけたかどうかによる考え」に基づき、ブルーム等が1960年代にモデル化した教育方法のことを完全習得学習あるいはマスタリーラーニングと称される。

堤 宇一氏
堤 宇一氏
所属:NPO法人学習分析学会副理事長 アルー株式会社 HRソリューション部 テクニカルアドバイザー 熊本大学大学院社会文化科学研究科教授システム学専攻修了。 「教育効果測定」を2000年より専門テーマとして研究を開始。教育効果測定での米国の第一人者であるJack Phillips博士が主催するROI Network(後にASTDとの事業提携によりASTD ROI Networkに名称改名)にて、アドバイザリーコミッティボードを2期(2001~2004年)務める。(株)豊田自動織機で行なった「SQC問題解決コースの教育効果測定プロジェクト(2002)」は、アジア初の事例としてIn Action ,Implementing Training Scorecards (ASTD)に掲載される。 2005年にNPO法人人材育成マネジメント研究会を設立、2015年5月に学習分析学会へ改組し、現職。 現在、産業人教育の品質向上を目指し「教育効果測定」「インストラクショナルデザイン」「人材育成」に関するコンサルタントとしてコンサルテーション、講演、執筆等幅広く活動。

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