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良い社員研修とは何か?社会科学のススメ


目次[非表示]

  1. 1.やりっぱなしの研修はダメ?
  2. 2.社会科学に基づく研修へ
  3. 3.「良い」社員研修かどうか判断する方法
  4. 4.良い研修とは?

やりっぱなしの研修はダメ?

昨今、「やりっぱなしの研修は駄目」という論調の意見を発信するブログやWebサイトをやたら目にする。

何となくそうなのかと、深い考えなしに納得してしまう。


「やりっぱなしの研修」、とても刺激的な言葉だと思う。刺激的な言葉は大抵の場合、その意味を厳密に定義せず、その言葉の意図の対象範囲を限定すること無しに用いられていると筆者は解釈している。あたかも例外が存在しないかのように用いられる。刺激的な言葉は受け手の感情に影響を与え、何らかの思いや意思決定を誘引する。マーケティングでいうところの「オケージョナルニーズ」の掘り起こしである。

相手を焦らせ、まずいと思わせ「行動変容ツールの導入」や「フォローアップ研修の開催」を発信側が企てているのかもしれない。こんないやらしい考えを持つのは、偏屈者の筆者ならではかも知れないが。


世の中、学んだ知識やテクニックを使わない方がよいことは沢山あり、やりっぱなしを前提に実施する研修や訓練は思いのほか多い。それらの大半は、良い現状や素晴らしい振舞いを維持させることを目的に実施するのである。行動変容と真逆の考え方である。

この代表例が予防医学という考え方である。病気になって対処するのではなく、病気にならないよう普段から健康生活をおくるという考え方である。ものごとには「対処」も「予防」もあるのだ。

企業内訓練で例えれば「工場安全訓練」「防災非難訓練」「救命講習(AEDの使い方)」「セクハラ研修」「コンプライアンス研修」や「エシックス研修(社会倫理)」などが「予防」をコンセプトとした研修である。

筆者の勤務する研修所で今秋リリースの「上手な謝り方研修」もそれに当たる。キチンと手順に則り誠意を持って業務を遂行していれば「謝罪」を申し述べる機会に遭遇することは皆無といえるだろう。しかしリスク0は誰も担保できない。出くわすはずのない機会に出会ってしまったとき、人はパニックに陥り被害を拡大させてしまう。使うことを想定しない万が一に備え、シミュレートさせる。それは、自分なら大丈夫という自信の萌芽を期待してのことである。


皆さんの実施する研修を見渡して欲しい。行動変容を期待したモノばかりではないはずだ。問題を解決するための必要なスキルや知識を獲得させる対処タイプの研修なら、行動変容を促す工夫をすべきであろう。しかし、予防が目的なら、やりっぱなし研修が最高なのである


刺激的な言説や風潮に踊らされることなく、しっかりと現実を見つめ、“自分の頭で考える”を常として欲しい。


社会科学に基づく研修へ

今回、極論ともとれるこのようなコラムを第1回に掲載するのには訳がある。本サイトで今後紹介していく事例や原則は、社会科学の理論を用いた取組みの実際である。心理学や学習論、インストラクショナルデザイン、教育効果測定といった社会科学の知見を用いる実験や手続きは、刺激的な言説とは縁遠く、魔法のような結論に達することなどほぼありえない。収集データをコンサバティブに解釈し、結論を導き、その結論の適用範囲を厳密に限定して捉え、それでいて尚、不十分さを課題として論じる。


一つ一つを吟味し進める地道な活動は、刺激的な言説が放つ「きらめき」と真逆の世界である。論理を駆使し、試行錯誤によって生れた些細な結論である。

しかしその頑強な手順を踏み導き出した結論であるが故に、流行り言葉にない重厚さと普遍性を醸すのである。


昨今の産業人教育業界は「やりっぱなし研修は駄目」「良い研修では駄目」といった威勢のいい言葉が頻繁に飛び交っている。言わんとすることは、筆者としても分からないまでもないが、このような威勢のいい言葉を声高に叫ぶ方々に出会うとき、いつも不思議に思うことがある。それは、否定対象である「良い研修」とはどのような研修を指すのか、それのどこに問題があるのかの説明が無いことである。長きに渡り産業人教育業界に携わっているが未だかつて、そのような人物に誰一人として出会ったことがない。

先達者の研究成果を踏まえた上で新たな知見を生み出す活動が、社会科学研究である。問題意識をもったなら、最初にやるべきことは先行研究のリサーチである。その意図するところは、先行研究が生み出した英知を理解し、その上で、その英知を建設的に批判し、未だ解決されていない問題点を見つけ出すことであり、取り組もうとする研究が解決すべき課題や証明すべき事項を明確にすることである。


「良い研修」を否定するなら、良い研修とは何であり、良い研修が抱える問題や課題を明示することが議論の第一歩となる。

しかしながら産業界では、否定対象を明らかにせず、我々の提案の方が素晴らしいという一方的な論旨で終始するのが常である。今回のコラムでは、良い研修問題の議論の場作りとして、良い研修とは何か、良い研修と判断するために教育効果測定研究では、どのような要素をチェックするのか筆者なりの考えを紹介しようと思う。


「良い」社員研修かどうか判断する方法

研修の効果を議論する際、その元になる立脚点はKirkpatrick’s Model(1959)であろう。このモデルでは、教育効果の水準を1~4段階に分類する。それぞれの水準をレベルと呼び、レベル1~4までの定義名は

  • 「Reactions」
  • 「Learning」
  • 「Behavior」
  • 「Results」

という。


良い研修では駄目と主張する方々は、レベル1のReactionsの測定結果が良いだけでは不十分であるという論旨を主張されておられるのだと筆者は推測している。Reactions測定では、参加者の受講満足がある一定の評価を得た研修を良い研修と判断する。

議論を進めるには、Reactions測定が対象とする研修受講満足とは一体何を指すのかを明確にする必要があるだろう。


研修受講満足として何を測定しているのかに関する調査を米国でAlliger等(1998)(注1)が実施している。それによるとReactions測定では“Affective Reactions”と“Utility Judgments”の2つの要素が測定対象であると報告されている。

Affective Reactionsとは、研修が受講者自身にとって充実した楽しい経験であったかどうかを意味し、もう一つのUtility Judgmentsとは、受講者が抱える業務課題や問題に対して研修内容が有効性を発揮するという見通しが立つのかという観点である。

自立した大人達が忙しいさなかに利用するのが研修である。投資コストを考慮し、学習内容が業務に役立つという見通しを持ち、同時に業務と異なる充実感や経験に納得して初めて大人の学習者達は満足するのである

良い研修


良い研修とは?

堤(2011)は良い研修を「研修の受講者が受講体験を楽しかった、あるいは興味深かったなどと評価している。その上で、学習内容が自己の業務の改善や問題の解決などへ役立つ可能性が高いと受講者が強く認識している状態にさせる研修」(注2)と定義している。

良い研修は、相当に高いハードルが課せられている。学んだ内容を活用しようという気持ちにさせるには、良い研修であったと受講者自身に認識させることが前提で、その点をクリアしない限り期待成果を獲得できない。


良い研修が行動変容につながる道であるなら、論点は良い研修を否定することではなく、行動変容を促す環境や働きかけを研修提供時に、あるいは職場でどう構築するか。別のアプローチとして、行動変容の有無を正確に捉えるツール開発が議論すべき事項となるだろう。




(注1)George m.Alliger, Scotti. Tannenbaum, Winston Bennett Jr, Holly Traver, Allison Shotland, (1998)

A Meta-Analysis of the relations among training criteria. Personnel Psychology 50, pp341-358.

(注2)堤宇一(2011)

ILT手法による職業人教育訓練における教育効果測定レベル1評価のための測定ツール開発研究、 熊本大学大学院 社会文化科学研究科 教授システム学専攻 修士論文

堤 宇一氏
堤 宇一氏
所属:NPO法人学習分析学会副理事長 アルー株式会社 HRソリューション部 テクニカルアドバイザー 熊本大学大学院社会文化科学研究科教授システム学専攻修了。 「教育効果測定」を2000年より専門テーマとして研究を開始。教育効果測定での米国の第一人者であるJack Phillips博士が主催するROI Network(後にASTDとの事業提携によりASTD ROI Networkに名称改名)にて、アドバイザリーコミッティボードを2期(2001~2004年)務める。(株)豊田自動織機で行なった「SQC問題解決コースの教育効果測定プロジェクト(2002)」は、アジア初の事例としてIn Action ,Implementing Training Scorecards (ASTD)に掲載される。 2005年にNPO法人人材育成マネジメント研究会を設立、2015年5月に学習分析学会へ改組し、現職。 現在、産業人教育の品質向上を目指し「教育効果測定」「インストラクショナルデザイン」「人材育成」に関するコンサルタントとしてコンサルテーション、講演、執筆等幅広く活動。

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