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チームの力を引き出すビジョンを描く要件


目次[非表示]

  1. 1.ビジョンとは何か
  2. 2.要件①:いいビジョンは、主体的真理とつながっている
    1. 2.1.そのビジョンに何が何でもかじりついてやり続ける人がいるか
  3. 3.要件②:いいビジョンは、野心ではなく志
    1. 3.1.いいビジョンには「内なるエネルギー」と「志」の両立が必須
  4. 4.要件③:いいビジョンは、「意識の変容」を伴う
    1. 4.1.なぜ、意識の変容を伴うことが重要なのか?
  5. 5.いいビジョンの要件のまとめ


今回の記事では、いいビジョンとは何か、について、意識の意識化の観点からお話しします。ビジョンについては、すでに多くの経営書などにおいてその定義や重要性は示されていると思いますが、意識の意識化の観点から光を当ててみると、違う切り口で捉えることができます。


ビジョンとは何か

まずは、ビジョンの定義を確認しておきましょう。



ビジョンの定義(落合の考え):
ミッションの実現に向けて、創造される未来の世界と、その世界で最高の発展を遂げている自分たちの将来像


※ミッションの定義(落合の考え):
コミュニティや個人が永続的に追求し続ける目的



ビジョンは、一言で言えば「将来像」です。

上記の定義においては、自分たちの将来像と、自分たちもその一員となって創造する世界という将来像の2つを含めています。それは、ビジョンというものが自分たちだけのためというものではなく、自分たちをとりまく大いなるもののためでもあることが大切であるという考え方が背景にあります。


また、ビジョンという将来像を描くためには、その根源としての目的感覚が必要です。一般的にはミッションと呼ばれていますが、私はこれを個人として、あるいは組織としての主体的真理と捉えることができると考えます。

ビジョンが最初にあるのではなく、主体的真理やミッションといった目的意識があって、それがある特定の時間軸で将来像として具象化したものがビジョンとなります。


要件①:いいビジョンは、主体的真理とつながっている

ここまでビジョンの定義についてお話をしてきましたが、ここからは「いいビジョン」とは何かについて考えていきたいと思います。


いいビジョンの要件の1つは、「主体的真理とのつながり」です。

主体的真理とは、「自分にとって生きがいとなる理想、自分固有の生きる目的」です。

さきほど、ビジョンが先にあるのではなく、主体的真理やミッションが先にあるという話をしましたが、いいビジョンには主体的真理やミッションとのつながりを感じる何かが含まれています。


いくつかの事例をご紹介しながら、もう少し噛み砕いてご説明します。


一つ目の事例として、1960年頃にアメリカの公民権運動を主導したキング牧師の有名な演説「I have a dream (私には夢がある)」を取り上げたいと思います。下記は、その演説の一節となります。(訳は、筆者による意訳)

ルーサー

(Martin Luther King memorial in Washington)



I have a dream that one day this nation will rise up and live out the true meaning of its creed: “We hold these truths to be self-evident, that all men are created equal.”
いつの日か、この国が立ち上がり、「我々はこれらの真理を自明のものとし、すべての人間は平等に創られている」という信条の真の意味を生きるようになるという夢があります。


I have a dream that one day on the red hills of Georgia, the sons of former slaves and the sons of former slave owners will be able to sit down together at the table of brotherhood.
いつの日か、ジョージア州のレッドヒルで、元奴隷の息子たちと元奴隷所有者の息子たちが、同じテーブルに、兄弟として一緒に座ることができるようになるという夢があります。


(中略)


I have a dream that my four little children will one day live in a nation where they will not be judged by the color of their skin but by the content of their character.
いつの日か、私の4人の子供たちが、肌の色で判断されるのではなく、人格という中身で判断されるような国に住むという夢があります。



この演説はとても有名なので、みなさんも聞いたり、読んだりされたことがあるのではないでしょうか。もし、まだスピーチを聴いたことがないという方がいれば、是非とも一度聴いてみることをお勧めします。

このスピーチでは、明確なビジョンが示されているというだけではなく、キング牧師の強い使命感、生涯をかけてやり抜く覚悟のようなものを感じるのは、私だけではないでしょう。

これが、まさにミッションや主体的真理とのつながりと言えるものです。


キング牧師のような人でないと、そんな使命感や覚悟をもつのは無理なのではないか、と思う人もいらっしゃるかもしれません。確かに、公民権運動のような社会全体の問題に対して、影響力を与えるようなリーダーシップを発揮できる人は極めて限られていると思います。

しかし、大切なことは、結果としての影響力の範囲ではなく、主体的真理につながることで、内なるエネルギーが湧いていることを感じられるかどうかではないでしょうか。

内なるエネルギーが湧くことによって、一貫してそのビジョンの実現に取り組むことができます。そして、その内なるエネルギーが、周囲の共感や共鳴を生み出し、自分一人ではなく周囲の人と一緒にビジョンの実現に取り組むことができます。

ビジョンは、主体的真理から始まるのです。


そのビジョンに何が何でもかじりついてやり続ける人がいるか

ビジョンは、主体的真理とつながっているということを、別の角度から表現すれば、「いいビジョンとは、石にかじりついてもやり続けようとする人がいる」と言うこともできます。

みなさんが所属するチームや組織のビジョンに対して、「石にかじりついてもやり続ける人」はいますか?

「石にかじりついてもやり続ける人」が少人数、あるいは、一人であったとしても、そのような人がいるならば、そのビジョンは、いいビジョン、あるいは、いいビジョンになるポテンシャルを秘めているものと言えます。


逆に、どんなに表現が素晴らしいビジョンであったとしても、石にかじりついてでもやり続ける人が一人もいなければ、いいビジョンであるとは言えません。

新しくチームを作ったり、起業をしたりするときに、チームのビジョンを考える場面があると思います。このようなときに陥りがちなことは、「チームのみんなにとって良いと思えること」を考えようとしすぎるがあまり、「誰にとっても、石にかじりついてでもやり続けようとは思えないもの」になってしまうということです

考える

チームのみんなにとって良いと思えることを考えることは大切ですし、そのようなアプローチが間違っているわけではありません。しかし、その過程において、一人ひとりの主体的真理とのつながりが捨象されてしまうと、最も大切なことが失われてしまうリスクがあることを十分に認識しておく必要があります。


この点について、当社の事例をご紹介したいと思います。ビジョンの話ではないのですが、当社の経営理念の一つとしてバリュー(チーム内で共有したい価値観)を再定義しようとしたときの話になります。

2010年頃に、当社のバリューを再定義しようという提案があり、ボトムアップ的なアプローチで、全社員の意見を引き出して、それを集約していきながら創ることになりました。

当社は、2003年10月29日に創立されたのですが、毎年10月29日頃に、創立記念イベントとして交流を深めたり、経営理念を共有したりするイベントを行っています。その時は、この創立記念イベントという機会を活用して、全社員の意見を集めていこうということになりました。

全社員の意見を引き出していくアプローチはとてもよく、全員で活発に議論をして、10個程度の新しいバリューが言語化されました。バリューの内容も素敵な内容でしたし、そのプロセスも包摂的で一人ひとりの参加感も高いものだったと思います。

そして、この新しいバリューを創って終わりではなく、それを継続的に共有していく仕掛けなども考えていました。しかしながら、2年くらい経過したところで、そのバリューは言葉としては残ってるものの、自分を含めて、社員一人ひとりの心の中にはあまり残らないものになってしまったのです。

その理由としては、「みんなにとって良いものであった」ということは事実だった一方で、「石にかじりついても、やり続けよう」というところまでは至らなかったのではないかと私は捉えています。

ボトムアップのアプローチが悪かったということではありません。それは、素晴らしい取り組みでした。一人ひとりの意見を吸い上げて、チーム全員にとって参加感があって、良いと思えるものを作るという姿勢もよかったと思います。一番反省するべきは、私自身が「石にかじりついてもやり続けよう」というレベルまで覚悟できていなかったことでした。

そのような反省を踏まえて、2012年にアルーのバリューを再度策定し直しました。このときは、一人でもいいから、「石にかじりついてもやり続ける」人がいるということを大切にしました。その一人とは、社長である自分であるべきだろうと考え、バリューの再策定にあたっては、最後は私が決めて、私の腑に落ちる表現にするというアプローチをとりました。

前回のバリュー策定の反省もあったので、そのようなアプローチを取ることに対して、皆賛同してくれました。そのようにして策定した当社のバリューは、今でもしっかりと残っており、企業文化として根付いています。

石


要件②:いいビジョンは、野心ではなく志

みんなで大きなことを成し遂げようとするときに、ビジョンが必要になります。


「早く行きたければ1人で行け。遠くに行きたければ、みんなで行け。」


以前、『ビジョンとは何か~会社にとってビジョンが大切な理由』の記事で紹介したアフリカのことわざです。「みんなで遠くに行く」ことを選択したときに、「ではどこに行こうか」ということを自然と考えたくなるものがビジョンであるという話をしました。


ビジョンには、野心と呼ばれるものと、志と呼ばれるものの2種類があります。



野心:自分だけの中に閉じた夢であり、自分のためだけの夢

志:自分だけではなく周囲の人のためにもなる夢



野心は、「自分のための夢」であり、志は「自分を含めたみんなのための夢」です。自分のためだけの夢だとすれば、周囲の人からの共感や共鳴を得ることは難しくなります。自分のためだけではなく、周囲の人のためにもなる夢だからこそ、多くの人の共感や共鳴を得ることができ、結果的に「みんなで遠くにいく」ことが実現できます。

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これは、ビジョンの表現上の問題ではなく、心の底でどのように捉えているかという問題です。心の底では、自分の損得のことを第一に考えていながら、表現として「みんなのため」ということを訴えても、周囲の共感や共鳴を得ることは難しいでしょう。ビジョンを伝えられる立場からすると、ビジョンを訴えるリーダーの本心というのは、直感的に透けて見えてくるものです。

また、野心と志というのは、白か黒かという二元論的な話ではなく、程度の問題であるということにも注意が必要です。野心と志についての定義において「自分」という言葉を「自分の会社」や「自分の国」に置き換えてみてください。自分にとっては、自分だけではない夢であったとしても、大きな視点でみれば自分の会社の中に閉じた夢であるということもあり得ます。



自分 → 職場 → 部署 → 会社 → 国 → 人間社会 →地球


このような包含関係があるとしたときに、どのような視点で捉えるかによって「野心」的なものか「志」的なものかは程度の問題であることがわかるでしょう。

ビジョンにおいて想定する「共通善(関わる人にとって共通の善いこと)」の範囲によって、そのビジョンに共感・共鳴する人の範囲が決まってきます。その意味では、より多くの人にとっての共通善をビジョンとして掲げることができるほど、たくさんの共感・共鳴を得ることができる可能性があると言えます。


いいビジョンには「内なるエネルギー」と「志」の両立が必須

ここまで、ビジョンは野心よりも志であることによって、「みんなで遠くに行く」ことが実現できるという話をしました。


ここで一つの難しい問題にぶつかります。

自分の野心ではなく志に近づけようとしたときに、自分の内なるエネルギーとのつながりが弱まってしまうことがあるということです。

主体的真理に、大小・善悪・貴賎はありません。あるのは、本来の自己とのつながりがあるかどうかだけです。その主体的真理からくるエネルギーを自然に表現するとどうしても野心になってしまうという場合もあるでしょう。



  • 自分が好きなことをやっていたい
  • お金持ちになりたい
  • 周囲から認められたい



このような気持ちが心の底にあるときに、この気持ちを素直に表現すれば、野心的な内容になります。それをお題目的に「みんなの役に立つことで、、、」という接頭語をつけたところで、あまり意味はありません。

「内なるエネルギーがでてくる」ということと、「野心ではなく志」ということをどのように両立するのかという問題があるのです。

結論から言えば、「精神的成熟」が両立の鍵となります。精神的成熟とは「本来の自己と周囲・社会との調和に向けて、意識が段階的に変容していくこと」であり、一言で言えば「ジブンと捉える範囲が広がる」ということです。

自分と捉える範囲が広がりますので、「自分の内なるエネルギーがでてくる」ことと「野心ではなく志(自分だけのためではなく周囲のため)」ということが自然と両立できるようになります。

ここで大切なことは、内なるエネルギーと志を両立をするときに、表面的に一つにまとめようとするのではなく、本質的には自分の精神的成熟に目を向けることによって、自然と両立してくる感覚を大切にするということです。

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表面的に一つにまとめようとするというのは、例えば、ビジョンは志として表現する必要があるから、自分のエゴ的な要素はなかったことにする、あるいは、自分の中で良くないものとして蓋をしてしまう、ということです。このように、内なるエネルギーを捨象してしまうと、どこかでエネルギーが切れてしまったり、蓋をされたエネルギーが別の形(多くの場合、本来の自分にとって望ましくない形)になって現れてきてしまうことがあります。

私自身は、自分のエゴ的な要素に蓋をしてしまうことによって、それが「自分だけで背負っている感覚」という形となって、自分あるいは組織にとって良くない形として現れてしまうことがありました。最近では、自分の精神的成熟に目を向けることによって、自分の願いを捨てずに、志に自然と立脚することができる場面が増えてきたと感じています。


要件③:いいビジョンは、「意識の変容」を伴う

いいビジョンあるいは、いいミッションと言われる、事例を考えてみましょう。この事例の中には、ミッション(コミュニティや個人が永続的に追求し続ける目的)として表現されているものもありますが、今回お伝えする内容に関しては、ミッションであっても、ビジョンであっても大きな差異はありません。


いつの日か、私の4人の子供たちが、肌の色で判断されるのではなく、人格の中身で判断されるような国に住むという夢があります。

(米国の公民権運動の指導者 マーティン・ルーサー・キング・ジュニア)


「Google の使命は、世界中の情報を整理し、世界中の人がアクセスできて使えるようにすることです」

(Google社)


「包括的な金融サービスを提供することで、貧困に苦しむ人々が自らの可能性を実現し、貧困の悪循環から抜け出すことができるようにします」

(グラミン銀行)


みなさんもこれらのビジョンやミッションを一度は聞かれたことがあるのではないでしょうか。どのビジョン・ミッションも、非常に魅力的であり、多くの人の力を結集するエネルギーを持っていることを、肌身で感じることができます。


いよいよ核心に迫ります。


いいビジョンの要件の1つは、「意識の変容を伴う」ということです。


「意識の変容を伴う」とはどういうことか、具体事例を用いながら、説明したいと思います。



「いつの日か、私の4人の子供たちが、肌の色で判断されるのではなく、人格の中身で判断されるような国に住むという夢があります」

→肌の色で判断されてしまう場面が多くあるという現実を受け入れてしまっている米国社会全体の意識を、上記の夢で記述されている世界を当たり前とする意識に変容することを訴えています


「Google の使命は、世界中の情報を整理し、世界中の人がアクセスできて使えるようにすることです」

→世界中の情報を整理することは難しい、あるいは、そのような情報にアクセスすることは一部の限られた人はできても、全員がアクセスすることは難しいという固定概念を打ち破ろうとすることが含意されています


「包括的な金融サービスを提供することで、貧困に苦しむ人々が自らの可能性を実現し、貧困の悪循環から抜け出すことができるようにします」

→金融サービスは富裕層を中心としたものであり、貧困に苦しむ人々はサービスを受けることは難しく、貧困から抜け出すことは難しいという現実を受け入れてしまっている意識を、貧困に苦しむ人が利用できる金融サービスによって、貧困の悪循環から抜け出すことは可能だという意識に変容することが含意されています



このように、これらのビジョンに共通する要素として「社会全体、あるいは、多くの人の意識の変容」が含意されていることがわかります。

ここで挙げた3つの事例は、社会全体に大きなインパクトをもたらした例として挙げていますので、常識(社会において人々が共通に持っている、あるいは持つことが期待される知識や価値観)が変わるほどの多くの人の意識変容が含意されています。


しかし、ビジョンを掲げる時に、常に、常識が変わるほどの多くの人の意識変容が意図されなければいけないかと言えば、そうではありません

例えば、業界における常識を変えていく、という会社や事業としてのビジョンの掲げ方もあるでしょう。部署や社内プロジェクトにおけるビジョンの掲げ方として、「社内のXXという常識・固定概念を変えていく」という意図もありえるでしょう。

このように、想定する対象の広さはビジョンを掲げる主体となる人や組織の意思によりますが、ビジョンに込められた意図として「意識の変容」が含まれていることが、いいビジョンの要件の一つとなります。

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なぜ、意識の変容を伴うことが重要なのか?

なぜ、「意識」の変容が、いいビジョンとして重要なのでしょうか。それは、現象の根源は意識にあるからです。



現象

現象の構造・背景

行動

決断

思考・感情

メンタルモデル(信念体系)

直感(主体的真理)

自己(自意識の主体)



以前の記事でもご紹介しましたが、さまざまな現象の原因には行動があり、その原因には決断があり、その原因には思考・感情があり、その原因にはメンタルモデルがあります。端的に言えば、現象の原因には意識があります

いいビジョンは、現象としての将来像が語られるだけではなく、その現象の原因となる意識についての変容が含意されているのです。

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意識についての変容が含意されることによって、その意識変容がもたらされる現象が、より大きなインパクトをもつものになります。現象そのものが変わることよりも、現象の原因となる意識が変わることの方がインパクトが大きいのです。


仮にGoogle社のビジョンが「検索を便利にする」というものであったらどうかを想像してみるとよいでしょう。「検索を便利にする」というビジョンであったとしたら、GmailやYoutubeなどのサービスを手がけている今のGoogleがあるとは思えませんね。

意識の変容を含意することによって、より大きなインパクトをもつビジョンになるだけではなく、一人ひとりの主体的真理との重ね合わせができる広がりや奥行きをもつことができます

これも、現象の原因となっている意識の変容を伴っているため、結果的に現れると想定される事象に広がりがあり、一人ひとりの主体的真理との接点を見出しやすいのです。


例えば、「貧しい人の暮らしを良くする」ことを主体的真理にする人がいたとしましょう。

Google社のビジョンが、もし「(A)検索を便利にする」だったときと、「(B)Google の使命は、世界中の情報を整理し、世界中の人がアクセスできて使えるようにすることです」だったときに、この人がどのように思うかを比較してみると良いでしょう。


「(A)検索を便利にする」だった場合、「それは豊かな人のための話であって、貧しい人はそもそも情報を検索できるような環境にない」と思うかもしれません。このような場合、この人がGoogle社のビジョンと自分の主体的真理のつながりを感じることは難しいでしょう。


しかし「(B)世界中の人がアクセスできる」というビジョンであれば、「貧しい人にとって、市場で売買されている品物の価格を知ることができること」はとても重要なことであり、自分の主体的真理との一致点を見いだすことができるかもしれませんね。


このように、意識の変容を含意することによって、大きなインパクトをもつビジョンになると共に、一人ひとりの主体的真理との重ね合わせができる広がりや奥行きをもつことができるため、結果として、そのビジョンは「多くの人にとっての自分ごと」になっていくのです。

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いいビジョンの要件のまとめ

この記事では、いいビジョンの要件の3つ目として、いいビジョンは意識の変容を伴うということについてお話ししました。最後に、これまでの記事で取り上げてきた、いいビジョンの3つの要件をまとめましょう。



いいビジョンの(原因的)要件

  • 【主体的真理とのつながり】自分の、そして、チームメンバーの主体的真理とつながっており、内なるエネルギーが引き出されている
  • 【野心ではなく志】自分のためだけ(野心)ではなく、自分を含めた周囲の人のため(志)になっている。そして、内なるエネルギーと志が両立している
  • 【意識の変容を伴う】現象面の変化だけではなく、意識の変容を含意している

落合文四郎
落合文四郎
アルー株式会社代表取締役社長

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