
組織変革を促すうえで欠かせないポイントとは~組織の適応課題に着目しよう
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今回の記事では、「なぜ、組織は変われないのか?」ということについてお話しします。
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このような思いや意見が、あなたの会社や組織にも少なからずあるのではないでしょうか。私自身、このようなことを感じないときはないと言っても過言ではないくらい、日々向き合っています。
組織には2種類の慣性がある
「組織には慣性がある」と言われます。
組織は簡単には変われないという文脈で、よく出てくる言葉です。慣性というのは、もともとは物理学の用語です。静止している物体に力が働かなければ、物体は静止し続ける。運動している物体に力が働かなければ等速直線運動を続ける。これが物理学における慣性の法則です。
この考え方を組織について当てはめた時に、これまでと同じ仕組み、制度、慣習などを続けようとする性質を組織全体として持つということを、「組織には慣性がある」と表現しているのだと思います。
私も、「組織は、なぜ変われないのか」といったときに、「組織には慣性があるから、変わりにくい」という答えはその通りと思います。ただし、実はここに2種類の慣性があるということはあまり語られていないのではないかと思っています。
2種類の慣性というのはどういうことかというと、一つは「目に見えやすい慣性」であって、例えば、仕組み、制度、行動の習慣、組織ルーチンなど。もう少し具体的な例でいくと、人事制度、組織設計、役割分担、会議の仕方、営業の仕方、コミュニケーションの仕方などが、「目に見えやすい慣性」にあたります。
「目に見えやすい慣性」についても、確かに変わりにくい側面を持ちます。例えば、人事制度を一つ挙げても、人事制度を明日から変えましょうと言うと、多くの企業ではいきなり変わってしまうことに対する混乱が起こると思います。
人事制度の考え方や内容を前提にして社員が働いてるときに、それをいきなり変えるとなると、自分は何をすれば評価されるのか、自分の給与はどうなるのか、自分は昇進できるのか、福利厚生はどうなるのか、など、自分が働くことの前提の変化に、すぐには追いつけない人も多く、混乱してしまうことでしょう。
ただ、「目に見えやすい慣性」に関する変化は、このように急激な変化に対して混乱しやすい、うまくいきにくいという面がある一方で、時間をしっかりとかけたり、方法をしっかり詰めてやれば、変化させることができるという面もあります。
先ほどの、人事制度の例でいえば、経営課題や組織課題から変更の必要性がでてきたならば、新しい制度のコンセプト検討、制度の詳細設計をしっかりと行い、それを説明して共有化していくプロセスを丁寧にとることによって、人事制度変更を実現することは不可能なことではありません。
実は、もう1つの「目に見えない慣性」が、「組織がなぜ変われないのか」というところの本質的な要因ではないかと思っています。「目に見えない慣性」というのは、組織文化や組織内で共有された価値観のような、目に見えない価値観や文化のことを指します。
前の記事を読んでいただいている方は、ここでピンとくるものがあるのではないかと思います。「リーダーが成長するには~意識変容と適応課題へのアプローチ」という記事において、技術課題と適応課題という2種類の課題についてお話ししましたが、実はこの内容と密接に関係しています。
まずは、技術課題と適応課題について、おさらいをしましょう。前の記事では、このように定義をしました。
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組織としての「目に見えない慣性」というのは、まさに組織としての適応課題のことを指します。そして、これは価値観や信念の一部を変更もしくは手放すことが求められる課題であるが故に、非常に変えにくい、変わりにくい性質を持っているのではないかと思っています。
組織としての適応課題に着目する
一つの具体例として、当社(アルー株式会社)が最近直面した組織としての適応課題についてのお話をしたいと思います。
当社はもともと大企業向けの新人教育に強みを持っていました。当社のカスタマイズ能力と、質を維持した大規模オペレーション(1日数十クラス同時開催など)の両立が、当社が選ばれている理由と考えています。
2015年あたりから、管理職育成マーケットにチャレンジしていこうというヴィジョンを打ち出しました。新人育成の文脈において、新人や若手が育つ組織を創るためには管理職の方が非常に重要な存在ですから、当社として管理職育成に目が向くことは自然な流れでした。
それから、管理職トレーニングの商品開発、マーケティング、営業などを開始しました。すぐには結果はでないということはわかっていたものの、想定以上に苦戦をします。新人や若手研修を導入いただいている既存のお客様がいますから、管理職研修についても当社の考えを聞いて頂くことはできますし、提案機会も頂けます。
しかし、受注ができないのです。当初は、商品がニーズにあってないのかもしれないと考え、商品内容を見直したり、管理職研修にはアセスメントが必須と考えてアセスメントを開発したりしました。営業やマーケティングについても、社内の営業トレーニングをやったり、マーケティングの打ち出しを強化したり、いろいろ試行錯誤しました。それでも、突破口はみつかりませんでした。
最近では、管理職育成においても、新人育成と同様に、大企業のお客様から受注することができるようになっているのですが、その転換点は何かと言えば、当社にとって管理職マーケットにチャレンジするということは、組織としての適応課題に向き合うことだということに気づいたことでした。
当社にとっては、何が組織としての適応課題だったのでしょうか?
当社が、新人研修とか中堅社員研修を提供する場合、「お客様に明確な課題があって、我々はその課題に対するソリューションを提供する存在」という考え方が前提にあります。
例えば、最近、若手の離職が多い、あるいは若手のモチベーションが上がっていないという課題に対して、若手側には、仕事の中で自分から機会を見つけていくという姿勢やスキルを伝えると共に、OJTトレーナーや管理職の人たちには、若手の働きぶりを観察したり、コミュニケーションしたりすることによって、若手の意思・思いと仕事を結び付けていく姿勢やスキルを伝えましょうという提案をしたりします。
このようなアプローチは、新人・若手研修においては有効であり、お客様からもご支持いただいているところになりますが、この大前提にある価値観や考え方が、管理職育成においてはそのまま通用しなかったのです。
それまでの当社において、当たり前になっていた価値観・考え方というのは、「お客様には、明確な課題がある。その課題を引き出した上で、その課題に対する質の高いソリューションを提供することが当社の提供価値である」というものでした。自分たちを「ソリューション提供者(ベンダー)」と捉えていたのです。
適応課題には、価値観や文化レベルの変容が求められる
テーマにも依りますが、管理職育成においてはこの前提が通用しません。管理職育成は、組織課題に直結しますし、組織課題は経営課題に直結します。例えば、経営として新しい中期経営計画を立てて、グローバル領域で売上XX%、デジタル領域などの新領域にも進出していく、という方針を打ち出したとすれば、当然ながらどのような組織をつくり、どのような人材を育成するのかという、組織課題・人材育成課題に展開されます。
組織課題・人材育成課題の対象は、全社員になりますが、管理職の方々には、その中でも中核的な役割を期待されます。すなわち、管理職育成というのは、経営課題・組織課題の体現なのです。
一番最初の記事「経営とは何か~アルー代表が語る経営哲学」にてお話をしたとおり、経営は矛盾の統合ですから、経営課題・組織課題に明確な答えはでてきません。従って、管理職育成も明確な答えがあるわけではないのです。答えがないだけではなく、課題や問いが明確になっていないことも多いのです。
何が問いなのか、何が課題なのかさえもわからない中で、お客様と一緒に問いを考えていくことが必要です。一方で、ずっと悩み続けているわけにもいかないので、その時なりにベストな仮説をたてて、管理職育成として実行していくことも必要です。課題設定もソリューション実行も暗中模索、試行錯誤の連続なのです。
そのような状況において、もつべき価値観・考え方は「お客様以上にお客様のことを考え、お客様と一緒に課題とそのソリューションを共に悩み、共に考え、共に試行錯誤していくパートナー」というものです。
以前の当社の考え方:お客様の課題を引き出した上で、その課題に対する質の高いソリューションを提供するソリューション提供者(ベンダー) ↓ 現在の当社の考え方:「お客様以上にお客様のことを考え、お客様と一緒に課題とそのソリューションを共に悩み、共に考え、共に試行錯誤していくパートナー」 |
このような形でまとめると、一見単純なような、簡単なことのように思われるかもしれませんが、実はこのような価値観レベルの違いというのは、当事者の感覚としては天と地ほどの違いに思えます。
これがどのくらい大きなギャップなのか、そのギャップを乗り越えるためにはどうすればよいのかについて、ここからお話ししたいと思います。
適応課題への対応には心理的な葛藤や不安、恐れが伴う
適応課題への対応が簡単にいかない理由は、価値観レベルの変化には心理的な葛藤や不安や恐れが伴うからです。
当社の管理職育成の例でいえば、「(既にある)ソリューションを提供する」という考え方をもっていたときに、「ひょっとしたら、ソリューションが提供できない可能性もある」というのは、不安や恐れを伴います。
「お客様には明確な課題がある」という考え方をもっていたときに、「課題さえも明確ではない。話の流れによっては、自分が知らない領域の話に及ぶかもしれない」というのも、不安や恐れを伴います。
「課題を一緒に考える」ということができたとしても、「課題を一緒に考えているだけで、自分の存在価値はあるのだろうか」という葛藤に悩みます。
このような不安や恐れや葛藤は、なぜ起こるかと言えば、自分を守るためです。自分を守ると書くと、防御的でよくないことのような感じがするかもしれませんが、そうではありません。人間にとって、自分を守ることはとても自然な行為であると言えます。
価値観は、それまでの人生経験をもとに、自分と周囲が調和するために作り上げられてきたという側面を持ちます。今もっている自分の価値観は、これまでの人生のパラダイムにおいては、自分と周囲を調和させるために必要なものだったのです。
価値観の脱構築と再構築というのは、「これまで自分を守っていたものを手放す」ということなので、不安や恐れや葛藤がでてくるのです。
このように、組織の適応課題に対処するためには、不安や恐れや葛藤を克服していくことが必要であり、これは一朝一夕にはいかないことです。個人の適応課題の克服と同様、組織の適応課題の克服には、時間がかかります。それは、価値観レベルの変化が必要であり、心理的な不安や恐れや葛藤の克服という過程を経るからです。
適応課題と技術課題を区別して整理しよう
実は、ここでもう一つ、組織が変わりにくい要因があります。それは、組織の適応課題を、組織の技術課題と混同してしまうことです。
当社の管理職育成についても、「自分たちはどのような存在か」ということについての適応課題を、商品やマーケティングや営業の仕方などの技術課題と混同してしまい、後者をいくらやっても結果がでなかったというのはこれまでご説明した通りです。
適応課題を技術課題として取り扱ってしまい、どれだけ技術課題に対処しても変化がおきにくいというのは、「なぜ、リーダーは変われないのか」という話と酷似します。
適応課題を技術課題と捉えてしまうと、技術課題については、いろいろやることが明確ですし、たくさんありますし、やればできるという面もありますから、そこに意識や時間や労力を集中してしまいがちです。
ただ先ほど述べたように、適応課題を技術課題と捉えてしまうと、いくらやっても、見た目の取り組みが変わっても本質的なところは変わらないということになり、「組織は変われない」という結末になってしまいます。
適応課題があるときに、どれだけ技術課題に対処しても、結果はでません。内面の変化が、外面の変化を創り出すからです。内面の変化が必要なときに、内面の変化なく外面を変化させても、外面の変化は表面的なものに過ぎなくなります。
まずは、組織の適応課題に気づくことから
組織の慣性について、まず一番大事なのは、技術課題と適応課題を切り分けて認識して、適応課題がある場合に、「これは組織としての適応課題である」ということを、組織全体として認識するということです。
当社としても、「自分たちをどのような存在として捉えるか」という組織としてのアイデンティティに関わる適応課題であることを、組織全体で共有したときから、変化が始まりました。
適応課題であることを組織全体で共有できれば、ひとり一人の価値観の脱構築と再構築のプロセスを、お互いの経験の共有、感じたことの対話、不安や葛藤への支援を通じながら、じっくりと組織としての変容を進めていくことができます。
不安や葛藤や恐れへの対処というと、何か暗く、辛いものだけをイメージするかもしれませんが、組織全体で前向きに取り組んでいくことも可能です。1人では、向き合うのが大変な変化であっても、チームとして支え合いながらやっていくことで前向きに取り組んでいくことができます。
この変化のプロセスにおいては、やはりリーダー的な立場の人にとっての、個人としての価値観の脱構築、再構築というプロセス、すなわち、リーダー個人としての適応課題への対応は極めて重要であると思います。
組織全体の適応課題ですから、リーダー的立場の人以外の人を含めて、全員にとっての適応課題といえるものの、やはりその中でもリーダー的立場の方の適応課題に対する向き合い方が、組織全体に対して大きな影響力をもつということは、皆さんにも実感があるところではないでしょうか。
組織全体として適応課題に気付いたとしても、リーダーの方自身が自分自身の適応課題でもあるということを自覚して、その課題にアプローチすることなしに、組織全体が適応課題に向き合うことはできないと思っておいたほうがよいだろうと思います。
これは必ずしも、リーダーの方の適応課題への対応が、組織全体の適応課題を牽引することを意味するものではありません。リーダー的立場ではない人が、率先して適応課題に向き合い、組織全体に対していい影響を及ぼして、組織の適応課題の克服に貢献するという事例も多くあります。
ただ、このプロセスにおいて、リーダーの方が個人の適応課題に向き合わないと、そのいい流れを止めてしまったり、潰してしまったりするリスクがあるくらいの影響力をもっていることを自覚しておいた方が良いということになります。