
リーダーが成長するには~意識変容と適応課題へのアプローチ
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ここまで「主体的真理の社会実装のための意識の意識化」ということをテーマとして、その全体像や背景についてお話をしてきました。これまでの内容を導入としての第一章と位置付けるならば、ここからは第二章として、「リーダーや組織の変容・変革」というテーマでお話をしていきたいと思います。
リーダーに必要な成長は意識変容
「リーダーの立場にいる人って、変われるのでしょうか?」
実は、この質問は、私がこれまで人材育成を手がける中で、もっとも多く聞かれるものの1つです。このような質問を頂いた時に、私は必ず「なぜ、そのような思いや疑問をもたれたのですか?」という具合に、その背景を聞くようにしています。
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このような背景をお伺いしたときに、私はこのように答えます。
「周囲からそのような印象を持たれている方が、すぐに変わるのは簡単ではありません。ただ、ご本人が心の底から変わりたいと思えば、変わることができます」
このような課題をかかえる組織はたくさんあります。組織ごとに課題の表出の仕方は異なりますが、その構造はとてもよく似ていると感じます。その構造とは、求められる変化・成長の質が変わっていることに気づいていない、あるいは取り違えてしまっているという構造です。
若手のときは、スキルや知識を習得することによって、成長することができ、仕事の成果を高めていくことができます。しかし、リーダーの立場になってくると、スキルや知識だけでは求められる変化や成長を実現できないことが多くなります。
どのような変化が必要かと言えば、価値観の変容を伴う成長が必要になってきます。価値観というのは、物事の善し悪し、因果関係の認識、知覚の範囲や枠組みなどの根本的な信念体系のことであり、判断をしたり感情を抱いたりする前提となるものです。
上記のような問題がおこる構造として、価値観の変容を伴う成長や変化が求められている場面において、これまでスキルや知識を習得することによって成長して、成果をあげてきた人が対応できなくなるということが起きています。
リーダーの成長と組織の成長は繋がっている
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どこの組織においても、程度の差こそあれ、このような状況は見受けられます。組織には慣性がありますから、大きなトラックがすぐに止まれないのと同じで、組織が大きくなればなるほど変化が難しくなるのは致し方ないことと見ることもできます。しかし、大きな環境の変化がある中において、組織全体が変われなければ、淘汰される道を歩むことになります。
変われる組織と、変われない組織は何が違うのか?
これまで、多くの企業の人材育成や組織開発に携わってきた経験と、当社の組織としての変遷と向き合ってきた経験から、変われる組織と変われない組織を分かつ構造があることを感じています。
それは、ビジネスモデルや組織構造や人事制度などの「形になっているもの」と、個人の思いや願いや理念という「形になっていないもの」の両者のつながりがあるかどうかです。
このつながりが切れると、「形になっているもの」は形骸化していき、様々な問題を引き起こします。一方で、このつながりが保たれていれば、簡単ではなかったとしても、最終的には望ましい方向に変化をしていくことができるのです。
この図における内面と外面は、リーダーの成長における「価値観」と「スキル・知識」と対応しています。リーダーの成長も、組織の変革も、根本的にはつながっていて、個人として、組織としての、内面すなわち価値観レベルの変容を成し遂げることができるかどうかにかかっています。
個人と組織の関係が変わっていく
個人そして組織としての価値観レベルの変容が求められる、1つの例をご紹介します。
今、個人と組織の関係が大きく変わりつつあります。
昭和から平成の時代(の前半)までは、「個人は組織に帰属する」という考えが主流でした。しかし、大企業の終身雇用に対する考え方の変化、個人の働くことに対する価値観の多様化の流れの中で、「個人と組織の対等な関係、すなわち、相互の主体的真理やありたい姿に基づいて、協働することに合意する関係」への変化が起こっています。
この変化に、組織の人事制度を変えただけで、対応することができるでしょうか?個人のスキルを磨いただけで、対応することができるでしょうか?
もちろん、組織の人事制度を変えることも、個人のスキルを磨くことも大切です。しかし、それだけでは、このような大きな流れに対応できないことは明らかです。それは、個人と組織の関係性という価値観レベルの変容が必要だからです。
もう少し言えば、「会社とは何か?」「仕事とは何か?」という価値観の変化が必要になるレベルの話ですし、「仕事で何を成し遂げたいのか?」「自分はそもそもどうなりたいのか?」という個人のキャリア観まで関わってくる話になります。
価値観レベルの変容は一朝一夕には起きませんし、起こすべきでもありません。ただ、このような大きな変化の流れにおいて、組織としても、個人としても変容に向けた準備ができている状態、あるいは、その変容の旅路の途中の状態であることは必要なのではないでしょうか。
ここまで、リーダーの成長、組織の変革に通底する構造として、価値観レベルの変容が必要であるという話をしてきました。それでは、このような価値観レベルの変容をもたらすプロセスはどのようなものなのでしょうか?
リーダーの意識変容のメカニズムの全体像
リーダーの意識変容のメカニズムの全体像を示す前に、いくつかの前提を確認させてください。
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この全体像のポイントとしては、マクロ的(積分的)な成人発達段階と、ミクロ的(微分的)なメンタルモデル(信念体系・価値観体系)変容の機序の関係を表現しているということです。
換言すれば、リーダーの変容プロセスを、複数の粒度で示しています。マクロ的な全体像があることで、自分の現時点の立ち位置がわかり、ミクロ的な機序があることで、日々の実践につながります。逆に言えば、マクロ的な全体像がなければ、自分の立ち位置や目指す方向性がわからなくなり、ミクロ的な機序がなければ、日々の実践方法がわかりません。
勘のいい読者の方は、最初の記事「経営とは何か~アルー代表が語る経営哲学」におけるマクロ的な全体像と、ミクロ的な3+1意識モデルの関係と、似た構造を感じられた方もいるかもしれません。その通り!その構造と同じように、マクロ的(積分的)なものと、ミクロ的(微分的)なものの関係になっています。
この両方の視点があることで、経営における矛盾の両立であっても、リーダーとしての矛盾の両立であっても、自分の立ち位置や目指す方向を明確にしながら、日々の実践に結びつけることができると考えています。
それでは、この全体像の構成要素を3つに分けてご説明します。
①精神的成熟がリーダーの変容の基軸となる
リーダーの成長の基軸として考えている精神的成熟とは、「本来の自己と周囲・社会との調和という矛盾の両立に向けた段階的な変容」と定義できます。
精神的成熟を俯瞰的に理解する上では、成人発達理論が役立ちます。ここでは成人発達理論において記述されている精神的成熟の4段階を示します。
これを見ていただくと、いわゆる「器の大きいリーダー」「人間力のあるリーダー」というイメージが、言語化されていることに気づくのではないでしょうか。
ただし、ここで注意が必要なのは、精神的成熟の段階が進むことが、必ずしも「良い」ことであるとは限らないし、「目指すべきこと」とも限らないということです。そもそも、「良い」とか「目指すべき」という外部の基準で考えるべきものではありません。
あくまでも、主体的真理に生きるために、現時点の意識段階では両立できないものを両立しようとするときに、意識が次の発展段階に移行する(=精神的成熟が一段階進む)ということです。
成人発達理論で記述される精神的成熟の段階は、自分の現時点の立ち位置を理解する上ではとても役に立ちますが、どうすれば「主体的真理に生きることと、社会・周囲と調和して生きることの矛盾を両立できるか」については、教えてくれません。
それでは、その矛盾を両立していくプロセスはどのようなものでしょうか?
②リーダーの成長に必要な「一皮むける経験=英雄の旅」
リーダーの成長の70%は経験によるものと言われます。そして、リーダーの変容をもたらす経験は「一皮むける経験」と表現されます。その経験の本質は、主体的真理(ありたい姿)と現実が引き起こすテンションに対峙して、矛盾を統合・止揚するプロセスです。
その矛盾に対峙したときに、より良く主体的真理に生きるために、メンタルモデル(価値観体系・信念体系)の調整や修正を行うことを決断した時、自分が主人公となる英雄の旅(Hero’s Journey)が始まります。
「英雄の旅(Hero’s Journey)」は、神話学者ジョセフ・キャンベルが、世界各地の神話を研究する中で、神話には共通するパターンがあることを発見したものです。本質的には、人の内面の葛藤を描いており、その葛藤を克服するプロセスを記述しています。
この英雄の旅のプロセスを見ながら、自分は今どのようなテーマの「旅」をしているのか、そして、いまどのフェーズにいるのか、ということを咀嚼すると、自分が今向き合っていることや、さまざまな矛盾や葛藤の意義を、普段感じているものとは違う視点から感じることができます。
また、現在進行形の経験だけではなく、これまで経験をしたことの再解釈をすることもできます。過去に自分が矛盾や葛藤に向き合った経験は、その全てを肯定的に捉えることは難しいかもしれませんが、英雄の旅の観点からみれば「あの経験も、自分にとって必要なプロセスだった」と、俯瞰した視点で捉えることができるかもしれません。
このように英雄の旅は、リーダーの成長にとって必要な「一皮むける経験」と言われる、主体的真理(ありたい姿)と現実が引き起こすテンションに対峙して、矛盾を統合・止揚するプロセスとみなすことができます。
それでは、このような英雄の旅を乗り越える鍵は何でしょうか?
③英雄の旅を乗り越える鍵は「意識の意識化」
結論から言えば、英雄の旅を乗り越える鍵は、「意識の意識化」にあります。
一皮むける経験あるいは、英雄の旅を乗りこえるためには、メンタルモデル(価値観体系・信念体系)の調整や修正が必要になります。メンタルモデルの調整や修正をするためには、自分のメンタルモデルを意識化する必要があります。
また、英雄の旅を乗り越えるためには、エネルギーが必要です。そのエネルギーの一番の源泉になるものは何か?それは、主体的真理からくる「そうありたい、そうなりたい、それに近づきたい」というエネルギーです。
英雄の旅は、主体的真理につながりながら、メンタルモデルを意識化して、調整や修正をしていくプロセスと言うこともできます。そのためには、意識を意識化することが必要になってきます。
意識を意識化するために、3+1意識モデルが役に立ちます。
主体的真理(ありたい姿の源泉)は、直感意識に属し、メンタルモデルは思考意識に属します。主体的真理につながりながら、メンタルモデルの調整をしていくということは、3+1意識モデルを活用することによって、意識化しやすくなります。
主体的真理に生きることと、社会との調和を両立させる調整弁として、私たちはメンタルモデル(信念体系・価値観体系)を自分の中に築き上げています。このメンタルモデルは、主体的真理から形成される面と、過去の経験から形成される面の両面があります。
過去の経験から形成される面については、すでに出来上がっているもの、変えづらいものという性質が伴いますが、主体的真理から形成される面も持つということは、自分にとって望ましいメンタルモデルを意識的に選択することができるということです。自分のメガネは、自分で選択することができます。
リーダーは、役割ではなく、あり方である
ここまで、「自身と組織の器が広がる、リーダーの意識変容メカニズムとは?」というテーマで、その全体像をご紹介してきました。最後に、このテーマで始まる第二章をどのようなどのような人に読んでいただきたいかについてお話しさせてください。
ここでいうリーダーとはどのような人のことを指すのでしょうか?
チームや組織の責任者のことを一般的にはリーダーと呼びますが、私はリーダーの本質は役割ではないと考えています。自らの意思によって、周囲に良い影響を与えようとしている人は、「リーダーシップを発揮している人」であり、「リーダー」であると考えています。
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このように捉えると、リーダーは役割ではありません。リーダーはあり方であり、役割とは関係がありません。言い換えれば、どんな人でもリーダーになることができるのです。
新入社員であっても、自分の意思で職場を良くしようと働きかければ、立派なリーダーです。経営者であっても、自分の意思で組織を良くしようと思わなければリーダーではありません。
ですから、「自身と組織の器が広がる、リーダーの意識変容メカニズムとは?」というテーマで始まるこの第二章は、役割としてリーダー的なポジションについている人だけではなく、「自らの意思で周囲によい影響を与えようとしている人」全てにお届けしたいと思っています。
リーダーの意識変容と組織の変革のつながり
ここからは、リーダーと組織の変容をテーマとしてお話しします。
アルーでは新人から管理職まで、会社の様々な階層の人に対して研修を行っていますが、組織の上の立場になるほど、研修や育成の難易度は高まります。
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このような事象は、多くの企業でおこっています。一つひとつの事象は異なりますし、企業によって問題の構造や文脈は異なります。いろいろな会社の人材育成課題・組織開発課題に向き合ってくる中で、また、自社の組織課題に向き合ってくる中で、これらの問題に通底する根本的なものがあることに気づきました。
なぜ多くの人がこのような壁にぶつかってしまうのでしょうか。その根本的な理由について、書いていきたいと思います。
技術課題と適応課題で整理しよう
結論からいえば、組織の上の立場になるほど、成長に向けた課題の性質が変わっていくからです。これは、技術課題と適応課題というキーワードで整理できます。
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言い換えれば、技術課題は、技術や知識を獲得することで解決可能である一方、適応課題は、価値観・信念の脱構築・再構築というプロセスを踏む必要があります。
若手の頃は、スキルをつけて技術課題をクリアすることで成長できます。営業の仕事であれば、基本的なビジネスマナーから始まり、お客様のニーズを聞く力や、それに合わせて提案する力を磨くことで、一定の成果を上げることができるでしょう。また、資格やプログラミングや語学などの技能により、仕事の幅を増やすことも可能です。
それに対して、組織をマネジメントする立場に近づくほど、成長のための課題は適応課題に近づいていきます。
例えば、部下の育成がうまくいかないリーダーがいたとします。このとき、技術課題がハードルであれば、部下の話を傾聴するスキルなどを教えればうまくいきます。
しかしながら、適応課題がハードルであれば、部下とはどういう存在か、という捉え方(メンタルモデル)を変えない限り、どんなスキルをつけても、問題は解決しません。
「部下は自分の仕事のための『道具』である」というメンタルモデルだとしたら、どんな教え方をしても、部下は自律的に働けるようにはならないでしょう。それ以前に、素直に指導を受け入れる信頼関係すら構築できないかもしれません。
このような場合、「部下はひとりの人間として尊重すべき存在」と捉えなおす必要があります。捉えなおしさえできれば、問題は一気に解決していくことがあります。これが、適応課題の解決に求められる価値観・信念の脱構築・再構築です。
リーダーに近づくほど意識変容が求められる
リーダーに近づくほど適応課題をクリアしなければならないところを、それまでの経験の延長で技術課題として捉えてしまうのが、よくあるパターンです。この課題の取り違えが、リーダーの成長を難しくしている一つ目の要因です。
先ほどの部下の育成の例で言えば、「部下は自分の仕事のための『道具』である」というメンタルモデルを変えない限り、どんな育成スキルを勉強したとしても無意味です。経営理論を勉強しても、いつも同じようなパターンの問題に遭遇して、事業がうまくいかないことに悩む経営者たちも、同じく適応課題でつまずいている可能性が高いです。
このように、適応課題を技術課題と取り違える、つまりスキルで解決できない課題をスキルで解決しようとしてうまくいかないパターンは、現実に多く存在します。実際に、技術課題・適応課題という言葉の出典となっている本にも、次のように書かれています。
「実は、リーダーシップが失敗する原因は一つであり、政治、地域社会、企業、非営利セクターのいずれにおいても共通している。それは、責任ある立場の人が、適応課題を技術的課題のように扱ってしまうことである」
出典:ロナルド・A・ハイフェッツら「最前線のリーダーシップ」(英治出版、第一版第一刷、2018年)
適応課題への対処には精神的成熟が伴う
リーダーの成長が難しいもう一つの要因は、適応課題を解決するには精神(内面)の成熟が必要だということです。
繰り返しますが、技術課題はスキルで解決できるのに対し、適応課題は自分の価値観そのものを変えなければ解決できません。価値観を変革するには、感情面における不安や葛藤を抱えながら、実験と検証、チャレンジと内省というプロセスを地道に繰り返していくしかありません。仮に、技術課題ではなく適応課題にぶつかっていると認識できたとしても、実際に解決できるかは全く別の話です。
この地道なプロセスによって、精神的な成熟が起こり、結果としてメンタルモデルの再構築・適応課題の解決がもたらされます。
今回は、このプロセスの難しさをお伝えするまでに留めて、精神的成熟に関する詳しい内容は今後の記事にてお伝えしたいと思います。