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アルー代表落合が語る創業ストーリー~主体的真理との出会い


目次[非表示]

  1. 1.物理との「出会い」と「別れ」
  2. 2.コンサルティングと物理の決定的な違い
  3. 3.主体的真理は「何をやってきたか」ではない
  4. 4.ケチケチ創業
  5. 5.社長としての責任感が悪循環に
  6. 6.鍵は、意識を自由にすること


今回は、私自身のストーリーについてお話させていただくことで、なぜ私が前回のようなテーマを持っているのかについての背景をご説明できればと思っています。幼少期まで遡った話になりますが、よろしければお付き合いください。


物理との「出会い」と「別れ」

私は両親と4歳年上の兄の4人家族の家庭で育ちました。父は数学の教授で、幼い頃から本棚には数学と物理の本がありました。「時間の進みは速くなったり、遅くなったりする」という相対性理論の記述に、幼いなりにおもしろさを感じたことを記憶しています。私にとっての物理との出会いは、生活の一部に含まれるごく自然なものでした。

学校の勉強に関しても、兄が進学高に通っていたこともあり、自然に取り組むものになっていました。親から勉強を強いられた記憶はなく、無邪気な気持ちで自然と、兄が歩んだ道をそのまま歩いていました。わからないことがあれば、隣で研究の仕事をしている父に聞いて教えてもらうような生活でした。

大学では幼い頃から興味のあった物理を探究し、特に興味のあった素粒子物理の領域で大学院に進みます。このまま父のように学者になるのかもしれない、とぼんやり思っていました。(ちなみに兄も学者をしています)

ところが、物理の世界での研究の環境は非常に厳しく、同世代の同分野の100人で3人のポストを争うような世界。しかも、これまでに出会ってきた人の中でも極めて優秀であるだけではなく、寝ても覚めても物理のことを考えている感じの人たちです。そのような人たちと競いながら、100人中3人のポストを争うことにかける決断をできない自分がいました。

同時に、物理とは違う世界で生きていくことを決断します。私は一度決めるとスパッと動けるタイプなので、特にこだわりもなく、物理の世界を後にします。

そこから就職活動をして、物理の知識が活きる分野として金融トレーダー、または、ビジネスの世界で必要な足腰を最大限鍛えることができそうなコンサルティング業界を中心に面接を受け、トレーダーは不合格、ボストン・コンサルティグ・グループ(以下、BCG)からご縁をいただき、社会人生活をスタートしました。


コンサルティングと物理の決定的な違い

コンサルティング会社での日々は、学びの連続で、成長の手ごたえも想像以上でした。当時のBCGは、コンサルタントで100名前後、新卒同期は6名でみんな個性派揃い。一緒にプロジェクトを行う方々は、大企業や中央省庁出身でMBAホルダーの方も多く、とても刺激的な毎日でした。

個性派揃いの新卒同期とは、一緒にプロジェクトをやることはありませんでしたが、お互い意識し合いながら、いい仲間であり、いいライバルとして共に成長をすることができたと思います。

最初の半年間は、プロジェクトリーダーやシニアコンサルタントの方に教えてもらいながら、リクエストされたアウトプットを出していくことで精一杯という感じでした。半年から1年くらいのタイミングで、自分なりのアウトプットの出し方、付加価値の出し方のコツみたいなものを掴み始めてから、仕事がさらに楽しくなり、あっという間の2年半でした。

2年半が経ち昇進したタイミングで、自分の中でこれまでとは少し違うアンテナが立ち始めていることに気づきます。仕事の楽しさはそれまでと全く変わらないものでしたが、それまでよりは少しエネルギーが停滞しているような感覚になります。いま振り返ると、それは「個別解を出す」というコンサルティングの性質と、自分がもともと持っている指向性とのギャップでした。

コンサルティングは、論点・仮説・検証などのプロセスを経たり、クライアントとの協働によって価値を生み出していくプロセスを経たりするなど、プロジェクトによらずに共通しているものはありますが、基本的にはクライアント企業の状況や文脈に応じて個別解を出していく仕事です。

個別解を出す仕事には、価値もやりがいもあります。しかし、私個人としては、一般解、つまり「普遍的な真理の探究」に心から喜びを感じる人間であることに、ぼんやりと気づき始めたのです。(良し悪しではなく、好みの問題です)。

「普遍的な真理の探究」とは、まさに物理の研究と同じ営みです。様々な現象を説明するシンプルで美しい真理を見つけること。これが私が幼少期から惹かれてきた営みであり、人生を通したテーマになり始めます。

このあたりから、自分で事業を創りたい気持ちがふつふつと沸き上がり、起業するならば、どんなことをやりたいのか、どんなチームを作りたいのかなど想像するようになりました。また、一緒にやる仲間として、大学時代のテニスサークルの友人に声をかけ、週末に起業準備をするようになります。
(余談ですが、学生時代は物理ばかりやっていたわけではなく、同じくらいテニスにも熱中していました)

週末の起業準備を始めてからの半年間、どんな世界を実現したいかを考える日々でした。

それまでの人生を振り返ると、私は人生の岐路のタイミングで、様々な選択肢の中から自分らしいものを選んでここまで来られたと感じました。そして、それは幼い頃から様々な「学び」に自然に触れられる環境で育ったおかげだと思ったのです。よって、人に自分らしい選択肢を持ってもらえるような、教育のインフラ作りに携わりたい気持ちが自然に沸き起こりました。

人の成長の領域でも「普遍的な真理の探求」をしてみたい。そんな想いで積み重ねてきたことが、今の事業につながっています。


主体的真理は「何をやってきたか」ではない

私の中に主体的真理というキーワードがあります。主体的真理についての詳しい話は別の記事でお話したいと思いますが、大雑把に言えば、一人一人が「自分の主観」で大切に考えていること・目指したい姿などを指します。

主体的真理に生きる人がたくさんいる社会に貢献したい、というのが今の私の想い(=主体的真理)です。

ここまで語ってきた私の経験の中にも、主体的真理を読み取ることができます。

私の場合、コンサルティング時代の「個別解」を紡ぎ出していく経験をしたことで、自分は「一般解」を見つけたい人間なのだと気付き、起業に至りました。この「一般解を見つける」が、私の主体的真理の一つだったのです。そして、その原点は幼い頃の物理への興味でした。

ここで重要なのは、主体的真理は、何をやってきたかではなく、やってきたことの「何に共鳴したか」に現れるということです。

もし「自分には物理しかない」と思っていたら、研究者としての厳しい現実を前にして身動きが取れなくなり、本当の心の声に気付くことはできなかったと思います。(素粒子物理の世界が悪いのではありません。あくまで、自分にとっての話です)

しかし現実には、物理そのものにこだわりすぎなかったことが功を奏します。「普遍的な真理の追求」につながるのであれば、ビジネスの世界でもやりがいを持って生きていけると気付くことができました。

起業に至るまでの私の中での意識の変化を整理すると、次のようになります。

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ケチケチ創業

「起業するときには失敗するリスクは考えませんでしたか?」

起業してからしばらくの間、もっともよく聞かれた質問です。「なんとかなるだろう」それが当時の自分の直感でした。


3人で創業をしたのですが、給与は生活できる最低限レベルにおさえたケチケチ創業。本業である教育の商品開発・サービス開発を進めながらも、前職のつながりからコンサルティングの仕事をもらい、キャッシュを稼いでいました。

また、万が一うまくいかずに創業メンバーで出し合った1,000万円がなくなったとしても、またコンサルティングの会社で働けばいい。(実際に雇ってくれるかどうかは別問題ですが。。)そのように考えると、「なんとかなるだろう」と気楽に構えることができた日々でした。


前職のつながりでコンサルティングの仕事の機会を頂き、その仕事は順調に進んでいくものの、本業の社会人教育についてはなかなか売上が立ちません。会社の四季報をもとに片っ端から電話でアポイントを取ろうとするわけですが、当然ながら門前払い。


前職では繋いでもらうことができた電話も、名もない会社の名もない人の電話は繋いでもらえません。しかし、起業するエネルギーをもった若者は、このくらいではめげません。アポイントのとり方を工夫し始めます。何度も試行錯誤をする中で、担当者の人の名前がわかれば、多くの場合繋いでもらえることがわかりました。そうであれば、コンサルティング会社出身の3人の得意技。あの手この手で担当者の名前を調べ上げていきます。

その後、少しずつではありますが、アポイントを取れるようになっていきました。「習うより慣れろ、100本ノックが当社のコンセプトです」。レクチャー形式の研修スタイルがまだ多かった当時、人事担当の方に、興味をもっていただくことはできました。


しかし、ここに大きな壁が潜んでいます。興味をもつということと、発注という行動をすることのギャップです。法人向け営業においては、複数社の中から1社を選択する「明確な理由」が必要なのです。担当者個人の方の「興味」というレベルでは発注の理由になりません。

逆に「選ばない理由」が明確になると、真っ先に落とされます。当社は、創業から間も無く、実績も乏しいため、人事担当者にとっての「選ばない理由」は明確でした。


最初の受注は、起業してから1年後。創業メンバーと旧知の仲のTさんから発注してもらいました。大手企業の初受注は、最初の訪問から1年が経過したときに、お客様から「100本ノックを活用してやってみたいことがある」という連絡をもらったのがきっかけでした。まさに、縁と運の賜物というような話ではありますが、これらの縁と運がやってきたのは、それまでのアポイントの日々があったからだと思っています。

これらの実績が加わり、社会人教育事業は順調に拡大していくようになります。



社長としての責任感が悪循環に

「何とかなるだろう」と気楽に構えていた私も、事業規模が拡大し、従業員が増えると、多くの責任を自分が一手に引き受けているという不安・孤立感に襲われました


事業の成長には資金が必要です。それをベンチャーキャピタルや銀行から調達をするわけですが、不動産などの担保をもたない当社が銀行から借り入れるためには、借入の際に個人保証をする必要があります。


最初は数千万円ですが、数年のうちにその金額は数億円になります。当時の私としては、「事業拡大に必要だし、保証をつけるのは社長の役割だろう」と思っていましたし、ためらいはありませんでした。


しかし、私の中では無意識のうちに「自分だけが背負っている」感が強くなっていきました。会社がつぶれれば自分に多額の借金が残るという現実も意識します。

何か問題が発生したときなど、誰かを責めたりするわけではないのですが、「それなら自分がやるよ」という独りよがりモードに入ってしまうのです。周囲から孤立してしまうことも増えました。

例えば、期末に会社の売上が少し足りないとき、みんなでアクションを考える前に、「よし、俺が売ってくるわ」と言ってしまうのです。結果として目標を達成できても、周囲との一体感は薄れていきました。会社のメンバーも「社長、また始まったよ」という目で見ていたと思います。


このモードから抜け出せない期間はかなり長く、組織運営がうまくいっていないとの自覚がありました。

そんな私が少しずつ変わることができたのは、周囲の助けのおかげです。

状況を見かねたマネジメントメンバーは、互いに話す機会を多く設けてくれました。あるときには、クリスマスプレゼントとしてコーチングセッションをプレゼントしてもらい、自分の視野の狭さ・悪いモードに客観的に気付くこともできました。(コーチングセッションのプレゼントは結局3年続きました。)

長い時間を掛けながら、少しずつ自分も変わることができ、今日に至っています。



鍵は、意識を自由にすること

このエピソードでお伝えしたいのは、リーダー自身の「意識」こそが、会社・事業運営の起点だということです。誤解を恐れずに言えば、会社がうまくいくかはリーダー自身の心持ち次第なのです。


私が独りよがりモードに入ってしまい、うまくいかなくなった最も根本的な要因は、「社長とはこうあるべき」という自分自身の勝手な思い込みです。

社長たるもの、XXであるべき、XXべき・・・。こうした想いから自分の認識が狭くなり、創業時に強く感じていた主体的真理とのつながりが希薄になってしまったのです。

そして、ここで重要なのは、思い込みを客観的に認識できたことが状況の打開につながったことです。


偏った思い込みに支配されると、意識は不自由になり、悪循環のパターンに入り込んでしまいます。なぜかいつも同じパターンで失敗することはありませんか? そのような場合、自分の中の何か偏った認識が原因になっており、それを変えない限りパターンから抜け出せないことが多いのです。

パターンから抜け出すには、自分自身をメタ的に捉えることが鍵です。時間はかかりますが、思い込みに気付き、意識を自由にする第一歩となります。

人と話したり、新しいことを経験したときに、自分のモノの見方が広がる経験のある人も多いのではないでしょうか。これも一種のメタ認知であり、意識を自由にする感覚に近いです。


主体的真理に心を開くためには、自分自身をメタ的に捉えて意識を自由にすることが出発点になるのです。(どのように自分自身をメタ的に捉えることができるのかについては、これからの記事でお話ししていきます)

落合文四郎
落合文四郎
アルー株式会社代表取締役社長

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